NHK連続テレビ小説「風、薫る」に登場する帝都医科大学附属病院の建物外観のロケ地、モデルとなっている病院についてまとめます。
この帝都医科大学附属病院はWヒロインのモデルである大関和、鈴木雅が看護婦見習生として実習を行った帝国大学医科大学附属第一病院がモデルとなっています。
病院外観の撮影は牛久シャトー・神谷傳兵衛記念館
梅岡女学校付属看護婦養成所に入学して一年が過ぎた頃、養成所の第一期生たちは看護婦見習生として、日本有数の病院・帝都医科大学附属病院での実習を開始します。
2026年5月11日(月)放送の第31回では、ドラマの冒頭に帝都医科大学附属病院の建物外観が登場しています。
この赤いレンガ造りの洋風の建物は、茨城県牛久市にあるワイン醸造所「牛久シャトー」の神谷傳兵衛記念館で撮影が行われたようです。
▼牛久シャトー内にある神谷傳兵衛記念館。「風、薫る」ではこの建物をCG処理(左手前の建物などを消去)し、左右対称の洋館として登場しています。
牛久シャトーは、実業家の神谷傳兵衛が1903年(明治36年)に開設した日本初の本格的なワイン醸造場として知られます。※2017年までの名称はシャトーカミヤ。
当時最新だったボルドー地方の醸造技術を導入し、葡萄の栽培からワインの醸造、瓶詰めまでを一貫して行なっていた牛久シャトー。日本のワイン文化の先駆けといえる歴史ある醸造所であり、敷地内には現在も当時の貴重な建築群が残っています。
近年になりその歴史的価値が広く認められ、2007年に経済産業省から「近代化産業遺産」に認定されると、翌2008年には「国の重要文化財(最初期の本格的ワイン醸造場施設)」に指定。さらに2020年には「日本遺産」にも認定されています。
敷地内には「牛久シャトーレストラン」や「牛久シャトーショップ」、「神谷傳兵衛記念館」なども併設され、牛久有数の観光スポットとして人気を集めています。
朝ドラ「らんまん」でもロケ地に ヒロミと相葉くんが池の大掃除
趣ある洋館であり東京からもアクセスが良いことなどから、牛久シャトーはたびたびバラエティ番組のロケ地、ドラマのロケ地として登場しています。
記憶に新しいところでは、2026年3月26日放送のテレビ朝日系番組「相葉ヒロミのお困りですカー?3時間SP」で、タレントのヒロミと相葉雅紀が牛久シャトーを訪問。10年間手つかずだった敷地内の庭園の池と「幻の滝」を丸2日かけて大掃除する様子が伝えられています。
牛久シャトーは、朝ドラにもロケ地として登場しています。
2020年放送の朝ドラ「らんまん」の第3週では、後に夫婦となる主人公の万太郎(神木隆之介)と寿恵子(浜辺美波)が運命の出会いを果たす東京上野の「内国勧業博覧会」の会場のロケ地として、牛久シャトーが使われています。
他にもドラマ「花ざかりの君たちへ」「JIN -仁-」、映画「スパイの妻」「この世界の片隅に」などのロケ地となっています。

▼牛久シャトー内の「旧事務室」(現:本館)、「旧醗酵室」(現:神谷傳兵衛記念館)、「貯蔵庫」(現:レストラン「キャノン」)の旧醸造場施設3棟が国の重要文化財に指定されています。「らんまん」万太郎と寿恵子との出会いのシーンは、本館の東隣、西洋庭園付近での撮影。
☆牛久シャトー
住所:茨城県牛久市中央3-20-1(JR常磐線牛久駅東口から徒歩約8分)
営業時間:10時00分~16時00分(年中無休 ※年末年始、臨時休館を除く)
入場料:無料
帝都医科大学附属病院 モデルは帝国大学医科大学附属第一病院
朝ドラ「風、薫る」に登場する帝都医科大学附属病院は、Wヒロイン(一ノ瀬りん、大家直美)のモデルになっている大関和、鈴木雅が桜井女学校付属看護婦養成所時代に実習を行い、後に看護婦として勤務をした帝国大学医科大学附属第一病院(現在の東京大学医学部附属病院)がモデルになっています。
ドラマの原案本となっている「明治のナイチンゲール 大関和物語」には、大関和ら看護婦養成所の第一期生たちが帝国大学医科大学附属第一病院に看護婦見習生として配属される様子が描かれています。
同書には、すでに現場で働いていた看病婦(かんびょうふ)との見解の相違や、個性が強い患者たちとのやり取り、失敗談など「風、薫る」の実習シーンの元ネタと思われるエピソードが多数登場しています。
もともとこの帝国大学医科大学附属第一病院は、戊辰戦争時に新政府が横浜に設置した軍陣病院がその始まり。
軍陣病院は開設当初、院内に男の看病人が配置されましたが、患者である荒くれ者の武士・軍人たちが看病人の言うことをまったく聞かなかったため女性である看病婦を置いたところ、大人しく言うことを聞くようになったというエピソードが残ります。
こうして同病院には看病婦が置かれるようになりましたが、そもそも当時の看病婦はなかなかなり手がなく、吉原遊廓の遣り手婆あがりの老年女性を連れてきて看病婦の業務に当たらせることも多かったとか。
看護の専門知識を持たない元遣り手婆が、煙管(キセル)をふかしながら若手看病婦をオラオラと取り仕切る、そんな退廃した看病婦の仕事ぶりは決して評判が良くなかったそうです。
大関和、鈴木雅が帝国大学医科大学附属第一病院で見習生として実習を行った時期にも、こういった素行のよくない看病婦が少なからずいたと思われますが、中には尊敬すべきベテラン看病婦もいました。
大関和はベテラン看病婦の一人・吉村セイの仕事ぶりに感銘を受け、彼女から多くの現場知識を授かるなど、帝国大学医科大学附属第一病院で充実した実習生活を送っています。