「風、薫る」看病婦の永田フユ(猫背椿) モデルはベテラン看病婦・吉村セイ

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NHK連続テレビ小説「風、薫る」に登場する看病婦・永田フユ(猫背椿)。当初は病院にやって来た看護婦養成所の見習生たちを冷ややかに見る看病婦たちですが、次第にりんたちと打ち解けていきそうです。

看病婦の中でも中心的な存在であるベテランの永田フユは、ドラマの原案本に登場しているベテランの看病婦がモデルになっています。

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病院で働く「看病婦」 看護婦見習生たちを警戒

梅岡女学校付属看護婦養成所の第一期生たちはバーンズ先生(エマ・ハワード)立ち会いのもと、日本有数の病院である帝都医科大学付属病院で看護婦見習実習を行うことになります(第7週〜)。

まだ看護婦が医療現場に存在しなかった当時の病院ですが、看病婦(かんびょうふ)と呼ばれる働き手は存在しました。看病婦は医師の指示のもとで入院患者の世話をしますが、医療や衛生の知識を持っておらず、看護というには程遠い働き方をしていました。

帝都医科大学付属病院の看病婦たちは、突然現場にやってきた看護婦養成所の看護婦見習生たちを警戒し、冷ややかな態度を見せていきます。

ベテラン看病婦・永田フユ

▼永田フユを演じるのは、東京都出身の53歳の俳優・猫背椿(ねこぜ・つばき)。劇団「大人計画」の人気俳優であり、宮藤官九郎によるドラマ「マンハッタンラブストーリー」「タイガー&ドラゴン」などの出演で知られる。朝ドラは「ちゅらさん」(2001年)に保母役で出演して以来。

専門的、体系的な看護の知識は持たないものの、長年の業務により現場のイロハを熟知している看病婦たち。

その中でもベテランの看病婦・永田フユ(猫背椿)は手術介助の経験が豊富であり、その手際は目を見張るものがあります。

担当患者の手術に立ち会ったりん(見上愛)は、フユの見事な手術介助の手さばきに感銘を受けて教えを請おうとします。しかしフユは思うところがあるのか、りんに対し月謝を要求するなど冷たくあしらいます。

看病婦はお金に困っている人が多いようですが、中でもフユは足が悪く歩けない夫の康介(シソンヌ・じろう)の介護に手一杯の生活を送っています。りんたちに自分の経験を教えている余裕などとてもないようです。

より良い看護の実現のために、看病婦と看護婦の情報共有は欠かせません。第9週では、りんと直美(上坂樹里)のある行動が凝り固まっていたフユと康介の心をとかし、現場の人間関係に変化をもたらしていきます。

モデルは看病婦の吉村セイ

▼原案本「明治のナイチンゲール 大関和物語」に登場する吉村セイ。後輩たちに仕事を伝授して引退する日、セイが多くの見送りを受け、わずかな荷物だけを持って故郷へと帰る様子などが描かれています。

「風、薫る」の看病婦・永田フユに相当すると思われる吉村セイという看病婦が、ドラマの原案本「明治のナイチンゲール 大関和物語」に登場しています。

りんのモデルである大関和は、桜井女学校付属看護婦養成所(「風、薫る」梅岡女学校付属看護婦養成所のモデル)に入学すると、東京帝国大学医科大学付属第一病院(現在の東京大学医学部付属病院。「風、薫る」帝都医科大学付属病院のモデル)で看護婦見習い実習を行っています。

当時の看病婦はなり手がなく(吉原遊廓の遣り手婆などをやむを得ず連れてきていた)、決して評判のいいものではありませんでした。

大関和も、自分を導いてくれた牧師・植村正久(「風、薫る」吉江善作のモデル)がいう「これまで我国の看護婦(看病婦)は無学無識、看護の方法を知らず、看護婦というは名のみにて、病人の小使に過ぎず」という言葉を初めは信じていたようですが、実際の現場でその認識を改めることになります。

大関和は、自身が担当した乳がん患者で侯爵夫人の三宮八重野(「風、薫る」和泉千佳子のモデル)の手術に立ち会うと、そこで見事な手さばきで手術器具を執刀医師に手渡す年配の看病婦・吉村セイの仕事ぶりに目を奪われています。

戊辰戦争で夫を失って以来、20年に渡り看病婦として現場に経ってきたというベテランの吉村セイ。

間もなく引退を迎えるところだった吉村セイは、和ら看護婦の卵たちに医療器具の取り扱いや応急処置など、自らが現場で体得した看護術、現場知識などを余すところなく後進に伝えたそうです。

西洋の最先端の看護術を学んだわけではない吉村セイでしたが、長年の現場経験は大変に役に立ったようで、看護婦養成所のメンバーたちもセイを尊敬し、慕ったそうです。

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