【あさが来た】「神様」渋沢栄一(三宅裕司)と出会う 広岡浅子とは実際に交流があった?

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NHK連続テレビ小説「あさが来た」第17週に、「銀行の神様」として知られる渋沢栄一(三宅裕司)が登場します。

この記事では、あさと渋沢との出会い、それにヒロインのモデルとなっている広岡浅子と渋沢栄一との交流などをまとめます。

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目次

加野銀行設立を前に、渋沢栄一と面会

加野銀行の開業を控え、あさ(波瑠)はある財界の大物とコンタクトをとろうとしていました。その男の名前は「渋沢栄一」。

渋沢は「東の渋沢栄一、西の五代友厚」と呼ばれた実在の実業家で、第一国立銀行や東京証券取引所などの設立に関わり、「日本の資本主義の父」とまでいわれた超大物です。

あさはかねてから渋沢栄一との面会を求めていましたが、第17週においてついにその念願が叶います。渋沢が大阪を訪問する際に面会の機会を得たあさは、渋沢から銀行経営の根幹となる大切な ”金言” を受け取ることになります。

渋沢と浅子は実際に交流があった


▲渋沢栄一は現在の埼玉県深谷市の生まれ。広岡浅子より9歳ほど年上だった。
画像はWikipediaから転載(パブリックドメイン)。

ヒロイン・あさのモデルとなっている広岡浅子は、実際に渋沢栄一と交流があったようです。「あさが来た」における五代友厚とあさとのエピソードの大半は創作でしたが、渋沢栄一とのやりとりは史実に近いものとなりそうです。

「あさが来た」の原案である「小説 土佐堀川」には、広岡浅子と渋沢栄一との交流が描かれています。

信用が何より大切 「神様」渋沢の金言

浅子は加島銀行創立を前に、渋沢栄一に会って「銀行の神様」の話を聞きたいと考え、面会を求めて手紙を書いています。

しばらくすると渋沢から返事があり、大阪での用件のついでに面会をしたいとのこと。約束の日、緊張のうちに大阪商法会議所に出向いた浅子は、そこで渋沢から銀行経営に必要な大切な考えを聞かされます。

銀行経営にあたり、まずは「お金」が必要だと考えていた浅子に対し、渋沢はお金よりも「信用」が大切だと説きます。

金を預かる経営者に器量の大きさ、信頼があれば、お金はひとりでに動き、自分のところに集まってくる…。それまで品質、商品の良ささえあれば売り手の人格など二の次、という環境(炭鉱経営等)で商いをして来た浅子にとって、渋沢のこのアドバイスは目からウロコ。長年に渡り渋沢の言葉が大きな財産となっていきます。

日本女子大学設立にも協力

「小説 土佐堀川」によれば、渋沢と浅子の関係はこれだけでは終わりませんでした。渋沢は、後に浅子が関わることになる日本女子大学の設立に協力したほか、恐慌の恐れを感じた浅子が渋沢に相談をするなど、二人はその後も交流を続けたことが言及されています。

(補足※大同生命のホームページによれば、二人の具体的な接点を記した記録はないものの、渋沢が第一国立銀行設立などを通して浅子の実家・三井家と深い関係にあったこと、浅子とともに日本女子大学の設立に尽力したことなどから深い交流があったと考えられる、としています。)

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