朝ドラ「あさが来た」白岡正吉(近藤正臣)のモデルは第8代加島屋久右衛門(広岡正饒)

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NHK連続テレビ小説「あさが来た」に登場する舅・白岡正吉(近藤正臣)の人物像と、モデルとなった人物・広岡正饒(ひろおか・まさあつ=加島屋久右衛門正饒)についてまとめます。

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目次

加野屋第7代目当主 温厚実直

白岡正吉は、あさ(波瑠)が嫁ぐことになる大阪有数の両替商・加野屋の第7代目当主。あさの夫・新次郎(玉木宏)の父親で、あさにとっては義父、舅にあたります。

正吉は「信用」を第一におく、典型的な昔気質の大阪商人。それゆえ、商売相手や加野屋の番頭からも厚い信頼を寄せられています。

▼近藤正臣は、「ごちそうさん」でも舅・西門正蔵役を好演。来年の大河ドラマ「真田丸」では家康の名参謀・本多正信役で出演予定。

正吉の古い商いが通用しなくなってくる

このような正吉の実直な商売のやり方が長らく加野屋の経営に安定をもたらしてきたのですが、幕末から明治維新の動乱期に突入すると、多額の「大名貸し」(諸藩大名に金を貸し付ける。江戸幕府の終焉とともに、回収が困難になっていく)を行っていた加野屋の経営は厳しい状態になっていきます。

こうした苦境の中、従来の常識や商習慣にとらわれないあさの商才を当主・正吉がいち早く見抜き、徐々に加野屋の仕事をあさに任せていくようになります。「社会」を知らないあさにとっても、正吉は商いの基礎の手ほどきをしてくれる有り難い存在で、あさは正吉に見守られながら少しずつ成長していきます。

モデルは第8代当主・加島屋久右衛門正饒

白岡正吉のモデルは、加島屋第8代当主・加島屋久右衛門こと広岡正饒です。正饒は広岡信五郎(新次郎のモデル)の父で、ドラマの原案「小説・土佐堀川」には、嫁に来た広岡浅子(あさのモデル)のことを可愛がる様子が描かれています。

浅子に大きな期待を寄せた

男の子ばかりだった広岡家に浅子が嫁に来たことで「家の空気が華やいだ」と喜んだ正饒は、大人しいだけの嫁は商家にはいらん、根性と才覚のある御寮はんになってくれ、と浅子に期待をかけます。

加島屋では長男は早世、次男の信五郎はいまだ謡曲遊びに夢中。後に9代目を継ぐことになる三男・正秋もまだまだ若かったため、次第に商才溢れる浅子に対する期待は大きくなっていったのでした。

嫁入りから4年後に亡くなる

浅子は正饒に見守られながら、商いの経験を積んでいきます。やがて浅子が本格的に加島屋再興を担うまでになったころ(1869年=明治2年)、正饒は64(63?)歳でその生涯を閉じています。浅子の嫁入りは1865年(元治2年)ですので、わずか4年後のことでした。

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