【御用金・銀目廃止】「あさが来た」加野屋が苦しむ幕末、維新期の両替屋事情【大名貸し負債】

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NHK連続テレビ小説「あさが来た」より。ヒロイン・あさ(波瑠)が白岡新次郎(玉木宏)のもとに嫁ぐと、家業である両替商・加野屋は次々に経営危機に見舞われることになります。この記事では、幕末から明治維新にかけて、加野屋が遭遇する危機をまとめます。

こうした一連の危機から加野屋を救うことで、あさは次第に白岡家から信頼を得るようになります。やがて両替商が時代にそぐわない商いだと悟ったあさは、次第に炭鉱経営、銀行創設など新しい分野の事業を手がけていくことになります。

①大名貸しが負債に

加野屋の当主・正吉(近藤正臣)は、「信用」を武器に商いを執り行ってきました。その大きな柱となっていたのが、全国諸藩の大名に低利で銀を貸し付ける、いわゆる「大名貸し」でした。

嫁入り後、加野屋の財政状況を心配していたあさがようやく加野屋の「大福帳」を見せてもらうと、そこには目を疑うほど巨額(900万両。現在の価値で数千億円?)の、諸藩大名への貸付金一覧が記載されていました。

幕末から明治維新にかけて各藩の財政状況は悪化し、やがて既存の「藩」は「廃藩置県」により廃止されます。こうした流れの中では当然、各藩に貸し出していた巨額の貸付金は回収不能になるわけで、大阪ではこのアオリを受けて多くの両替商が破産しています。加野屋も巨額の「大名貸し」が仇となり、大ピンチに見舞われるのです。

②幕府側、新政府側からの金銭要求

幕末期になると、幕府側と反幕府勢力との間で戦いが頻発します。商人達の懐事情は、こうした政治の動きとも密接に関わっていました。

加野屋をはじめ当時の両替商は、もともと幕府から多額の「御用金」を要求され財政が逼迫していたのですが、これに加え、幕府を警護する新選組からの金銭要求、さらには新政府軍(薩長)からの巨額の上納要求(戊辰戦争戦費)などが重なり、両替商は苦しみ続けます。

これだけを聞くと商人側が一方的に損だと思われますが、商人側としては先に恩を売っておくことで、後に権力者から保護されるという巨大な恩恵、利権を手に入れることができるメリットもありました。

幕末期、商人達は「幕府」と「倒幕派(後の新政府)」のどちらに肩入れするかという「先見の明」が試されました。時代を先読みし「倒幕派」を手厚く援助した商人達は、後に明治新政府から信任を得て巨大な権益を手にしていくのです。あさの実家・今井家も、新政府にいち早く奉公したことで一気に躍進をしていきます。

③銀目廃止(ぎんめはいし)

明治新政府が発足すると、貨幣制度の大幅な改革が打ち出されます。

それまで主に江戸では金貨(金目)が、上方では銀貨(銀目)が、それに加えて全国で小銭にあたる寛永通宝などの銭貨が流通していました。この「三貨制度」を解消するために、新政府は銀貨(銀目)を廃止し、以後商取引は「金建て」と「銭建て」で行うことを決定します(明治4年には「円」が誕生)。これにより銀貨を用いていた大阪の町は大混乱に陥ります。

手持ちの銀目手形(※)が無効になるのでは、と誤解した商人達はパニックになり、手形の現金化を求めて両替屋店頭に殺到。

幕末以来の混乱により、ただでさえ蔵にある手持ちの現金が少なかった加野屋は、この引き出しに応じるべきか大いに苦悩します。病に倒れていた当主・正吉に代わりあさが下した判断とは…。
(※銀目手形=預かり証。現在でいう預金通帳のようなもの。銀貨は重く大量に持ち歩けないので両替商に預けていた)

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