【ブギウギ】「オールスター男女歌合戦」のモデルは「NHK紅白歌合戦」 笠置シヅ子の出場歴と美空ひばりへの世代交代

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NHK連続テレビ小説「ブギウギ」最終盤では、「ブギの女王」福来スズ子が丸の内テレビの大晦日番組「オールスター男女歌合戦」に出場します。この「オールスター男女歌合戦」において、スズ子から次世代の若手スター歌手・水城アユミへの鮮やかな世代交代が描かれる可能性があります。

史実ではNHK「紅白歌合戦」において笠置シヅ子から美空ひばりへ、世代交代とも思える大トリのバトンタッチが行われています。

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目次

【ブギウギ】「オールスター男女歌合戦」新旧スターの競演 世代交代か

戦後に「ブギの女王」として時代の寵児となったスズ子(趣里)。

ブギのブームも落ち着いていた1956年(昭和31年)になると、スズ子は丸の内テレビのプロデューサー・代々木勇(遠山俊也)から大晦日の歌番組「オールスター男女歌合戦」への出演をオファーされます。

番組側が提案したプランによれば、

・ベテランのスズ子に「大トリ(ラスト)」を任せたい

・大トリの一つ前に売り出し中の若手天才歌手・水城アユミを出演させたい

とのこと。

【追記】第25週では、元NHKディレクター「ガハハおじさん」こと和田勉をモチーフにしたと思われる丸の内テレビジョンディレクター・沼袋勉(中村倫也)が登場。水城アユミを大トリ前に歌わせるというプランは沼袋のアイディアのようです。

「オールスター男女歌合戦」への出演と水城アユミの大トリ前の登場を承諾したスズ子は、水城アユミ(吉柳咲良)があの大和礼子の娘であることや、水城アユミがスズ子の大ファンであり「オールスター男女歌合戦」でスズ子の持ち歌「ラッパと娘」を歌いたがっていることなどを知ります。

すでに歌手として全盛期が過ぎつつあったスズ子にしてみれば、若く才能豊かな水城アユミが自分の前で「ラッパと娘」を歌うことで、現在の自分の歌と比較されてしまうのではないかという戸惑いがありました。

しかし、羽鳥善一(草彅剛)や茨田りつ子(菊地凛子)に相談の上で腹をくくったスズ子は、水城アユミが「ラッパと娘」を歌うことを快諾。

こうして迎えた「オールスター男女歌合戦」では水城アユミが「ラッパと娘」を、福来スズ子が「ヘイヘイブギー」を歌い、新旧スターが夢の競演を果たすことになります。

【史実モデル】NHK紅白歌合戦 笠置シヅ子の出演歴は?

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スズ子らが出場する大晦日の歌番組「オールスター男女歌合戦」は、笠置シヅ子(福来スズ子のモデル)も出場した大晦日の国民的歌番組「NHK紅白歌合戦」がモデルになっていると考えられます。

1951年(昭和26年)1月3日に男女それぞれ7人が出場するラジオ番組として放送がスタートしたNHK紅白歌合戦。

笠置シヅ子は翌年1952年(昭和27年)1月2日に放送された第2回に初出場を果たすと、1956年(昭和31年)の第7回まで計4回、紅白歌合戦に出場をしています。

紅白歌合戦が「大晦日の番組」として定着し「テレビ・ラジオ同時放送」となったのは1953年末の第4回からであり、笠置シヅ子はまさに紅白歌合戦の黎明期に看板歌手として出演していたことになります。後述するように、笠置シヅ子は最後の出場となった第7回で大トリを務めています。

笠置シヅ子の紅白歌合戦出場歴

出場回放送日笠置シヅ子の曲目紅白のトリ歌手
第2回(ラジオのみ)1952/1/3買物ブギー渡辺はま子、藤山一郎
第3回(ラジオのみ)1953/1/2ホームラン・ブギ笠置シヅ子、灰田勝彦
第4回1953/12/31東京ブギウギ淡谷のり子、藤山一郎
第7回1956/12/31ヘイヘイブギー笠置シヅ子、灰田勝彦
笠置シヅ子の紅白歌合戦出場歴

【史実】笠置シヅ子(1956年)→美空ひばり(1957年)へ 紅白大トリのバトンタッチ

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笠置シヅ子は、1956年の第7回が最後の紅白歌合戦出場となっています。

第7回紅白歌合戦大トリを任され「ヘイヘイブギー」を見事に歌いきった笠置シヅ子は、翌年早々に歌手の廃業と俳優業への転身を宣言しています。

「自分が最も輝いた時代をそのままに残したい…。」

ブギーのブームが去ったとはいえ、まだまだ歌手としての余力を残していたはずの笠置シヅ子でしたが、紅白歌合戦の晴れ舞台を最後に、自ら「ブギの女王・笠置シヅ子」に終止符を打ったわけです。

そして翌1957年(昭和32年)の第8回紅白歌合戦では、笠置シヅ子に憧れ笠置シヅ子のモノマネから頭角を現した天才歌手・美空ひばりが二度目の紅白出場にして初の大トリに抜擢。1956年から1957年にかけて、紅白歌合戦の場で笠置シヅ子から美空ひばりへと鮮やかな世代交代が行われたのです。

以降、美空ひばりは通算17回の紅白歌合戦出場を記録し、歴代最多タイの13回のトリ(うち11回は大トリ)を務めるなど、国民的歌手として歌謡界に君臨していきます。※他に五木ひろし、北島三郎が13回のトリを務めて最多タイ記録。

なお、笠置シヅ子と美空ひばりの紅白同時共演は実現していません。美空ひばりは第5回で紅白初出場を果たすと、第8回から第23回まで16年連続出場。一方の笠置シヅ子は第2回〜第4回までと第7回に出場しており、偶然にも(?)確執が伝えられた二人が紅白の舞台で共演することはありませんでした。

【まとめ】憧れの人からバトン 次世代の天才歌手

朝ドラ「ブギウギ」で描かれる、1956年のオールスター男女歌合戦。ベテラン歌手となった福来スズ子が大トリで「ヘイヘイブギー」を歌い、福来スズ子フォロワーの若き天才歌手・水城アユミと競演する様子は、スズ子から次世代歌手へのバトンタッチを象徴するシーンになりそうです。

この世代交代エピソードは、1956年の紅白歌合戦の大トリで笠置シヅ子が「ヘイヘイブギー」を歌って歌手業を引退し、翌年に笠置シヅ子フォロワーの次世代天才歌手・美空ひばりが初の紅白大トリを任されたというバトンタッチ劇と重なるものがあります。

史実どおりであれば、スズ子は歌合戦を最後に歌手を廃業して俳優業へと転身することになるはず。スズ子にとってオールスター男女歌合戦は歌手としての集大成の場になるものと予想します。

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