「ブギウギ」大和礼子の娘・水城アユミ(吉柳咲良) モデルは美空ひばり?江利チエミ?水谷八重子?

※本ページのリンクには広告が含まれています。

NHK連続テレビ小説「ブギウギ」の終盤に、亡き大和礼子(蒼井優)の娘で天才的な次世代スター歌手・水城アユミ(吉柳咲良)が登場します。

ネット上では登場のタイミングなどから、この水城アユミこそが美空ひばりをモチーフにした人物なのでは?という声が挙がっています。

スポンサーリンク

目次

若手の天才歌手・水城アユミが登場 スズ子と歌で「対決」へ

「ブギウギ」の終盤(最終週直前の第24週)では、国民的歌手となった福来スズ子(趣里)と天才的な若手スター歌手・水城アユミ(吉柳咲良)の「夢の対決・競演」が描かれそうです。

1956年(昭和31年)の大晦日に開催される丸の内テレビ「オールスター男女歌合戦」(=紅白がモデルか)の大トリを任されることになったスズ子は、番組製作側からトリの一つ前に若手スター歌手の水城アユミを歌わせたいという演出プランを聞かされます。

なんでも次世代の天才として脚光を浴びている水城アユミは、福来スズ子の大ファンなのだとか。それもそのはずで、実は水城アユミはあの大和礼子(蒼井優)、股野義夫(森永悠希)夫妻の一人娘であり、スズ子とも縁が深い人物なのでした。現在は父である股野がアユミのマネージャーを務めています。

アユミは対面が叶ったスズ子に対し、「オールスター男女歌合戦」の晴れ舞台で尊敬するスズ子の名曲「ラッパと娘」(バジドズデジドダー)を歌いたいと申し出ます。

他でもない大和礼子の娘からの申し出ですから、スズ子は快諾するものかと思いきや、何やら心にモヤモヤがあるようです。

この天才的な若き歌姫が「ラッパと娘」を歌えば、今の自分の歌と比較されてしまう…。

そんな思いが頭によぎったスズ子は、師匠の羽鳥善一(草彅剛)やライバルの茨田りつ子(菊地凛子)に相談。紆余曲折の末、「歌合戦」の大舞台でスズ子と水城アユミが競演することになり…。

▷吉柳咲良(きりゅう・さくら)…栃木県出身の19歳の俳優。ミュージカル「ピーター・パン」の10代目ピーター・パン役(2017年〜2022年)で俳優デビュー。ドラマ「青のSP―学校内警察・嶋田隆平―」「ここは今から倫理です。」「星降る夜に」「褒めるひと褒められるひと」に出演したほか、アニメ映画「天気の子」ではヒロインの弟・天野凪の声を担当。2023年のNHK BSドラマ「アイドル誕生 輝け昭和歌謡」では山口百恵役を演じ、持ち前の美声を披露している。演技力とともに声・歌に強みがある俳優さんで、近い将来のブレイクが期待されている。

【おさらい】大和礼子って誰?若くして亡くなったスズ子憧れの人

大和礼子(やまと・れいこ)といえば USK(梅丸少女歌劇団)の一期生で、USKの初期に娘役トップスターに君臨し続けた、スズ子の永遠の憧れの人。USKに入団したスズ子は高いプロ意識を持つ大和礼子から厳しい指導を受け、表現者としてのイロハを叩き込まれています。

後輩たちを牽引しUSKの基礎を築き上げた大和礼子ですが、やがてストライキを主導した責任をとってUSKを退団・引退をすると、USKの専属ピアニストだった股野義夫(森永悠希)と結婚をしています。

その後、二人の間には赤ん坊(=水城アユミ)が出来ましたが、かねてから腎臓を悪くしていたという大和礼子は産後すぐの1937年(昭和12年)頃に亡くなっています(第25回)。

【おさらい】橘アオイが予言「きっと歌と踊りの天才になるわ、あんた」

USKで開かれた大和礼子のお別れ会には、赤ん坊(=水城アユミ)を抱えた夫の股野義夫も参加しています。

股野が「もっともっと生きてたかったやろなあ、お母ちゃんとようけ話したかったなあ」と赤ん坊に話しかけると、それを横で見ていた大和礼子の盟友・橘アオイ(翼和希)は「きっと歌と踊りの天才になるわ、あんた」と涙ながらに赤ん坊を撫でています(第25回)。

今になって思えば、この橘アオイの発言は後々の水城アユミ登場への伏線だったわけですね。

※大和礼子のモデルとされるOSSK初期のトップスター・飛鳥明子も、娘である嘉子さん(ご存命)を産んですぐに結核を悪化させて亡くなっています。嘉子さんが芸能の道に進むことはなかったようですが、18歳の頃には西野バレエ団に入り、母譲りのバレエ、ダンスの才能の片鱗を見せていたようです。

→【参考記事】朝ドラ「ブギウギ」大和礼子とOSK初代トップスターの共通点。伝説のバレリーナ飛鳥明子が命を賭けて産んだ娘の思い(奈良新聞デジタル)

【史実モデル候補①】モチーフは美空ひばり? 笠置シヅ子のモノマネで人気に

コロムビアミュージックエンタテインメント
¥2,619 (2024/02/13 17:44時点 | Amazon調べ)

物語の最終盤に「スズ子と競演・対決する若き天才歌手」が登場するとあって、ネット界隈では水城アユミは美空ひばりをモチーフにした人物なのでは?と話題になっています。当ブログでも水城アユミ=美空ひばり説が濃厚だと考えています。

美空ひばりといえば、笠置シヅ子に憧れて9歳でデビューし天才少女歌手として活躍する中で、笠置シヅ子のモノマネ(歌マネ)によりブレイク。シヅ子の持ち歌を器用にコピーして歌いまくる美空ひばりは、「ベビー笠置」「ブギの女王(笠置)とブギの豆女王(美空)」などと、本家と並び立てられて注目を集めました。

※笠置シヅ子(1914年生)と美空ひばり(1937年生)は23歳差。親子に近い年齢差がありました。

自分のモノマネで人気者になった天才少女・美空ひばりのことをシヅ子は嫌がったとか、確執があったとか、憶測も含めてさまざまな話しが今に伝わります。

ある時には、シヅ子が行うアメリカ公演を出し抜く形で美空ひばりが先にアメリカ公演を決行すると(ここに至るまでにシヅ子のマネージャー・山内の裏切り、内通があった)、これに対抗して笠置シヅ子・服部良一側が服部良一全作品の演奏禁止を美空ひばり側に通達するなど、両陣営には随分と軋轢があったようです。

結局、美空ひばりは笠置シヅ子人気を踏み台にするかのように国民的スターへと駆け上がり、それと入れ替わるように笠置シヅ子は歌手としての全盛期に終わりを迎えています。

「ブギウギ」に登場する水城アユミは、こうした美空ひばりと笠置シヅ子のバチバチの確執エピソード・世代交代劇を参考に創作された、オリジナルのキャラクターだと予想します。

さすがに朝ドラの最終盤でスズ子と若手天才モノマネ歌手とのバッチバチの確執を描くというのも重苦しいので、「大和礼子の娘が憧れのスズ子の歌を借りて歌う」という、少しライト(美談)な世代交代劇として描かれるものと思われます。

※後述するように、笠置シヅ子と美空ひばりの紅白歌合戦での共演歴はありません。ただし、笠置シヅ子にとって最後の紅白出場となった第7回では笠置シヅ子が大トリで出場し、その直後に歌手業の引退と俳優業への転身を宣言。翌年の第8回では美空ひばりが初の大トリを務めるという世代交代劇がありました。

【史実モデル候補②】江利チエミがモデル説も?紅白で笠置シヅ子と共演経験あり

キングレコード
¥2,414 (2024/02/13 17:56時点 | Amazon調べ)

他にも水城アユミのモデル候補が考えられます。歌手の江利チエミも、どこか水城アユミの設定と似ています。

江利チエミといえば、同い年だった美空ひばりと同様に、笠置シヅ子に憧れて歌の世界に入った天才少女歌手。同時期に登場した江利チエミ、美空ひばり、雪村いずみは「三人娘」と呼ばれ、当時天下を取っていた笠置シヅ子の牙城を揺るがす存在でした。

江利チエミもまた、憧れである笠置シヅ子のモノマネ(歌マネ)を得意としていました。江利チエミはある意味で美空ひばり以上に「笠置シヅ子二世」と言える要素があり(喜劇女優、ジャズ歌手としての豊かな才能など)、スズ子フォロワーである「ブギウギ」の水城アユミと重なる部分があるかも知れません。

※江利チエミの母・谷崎歳子は名喜劇役者として知られ、笠置シヅ子やエノケン(榎本健一)と舞台や映画で共演したことで知られます。

そう考えると、「笠置シヅ子と谷崎歳子・江利チエミ親子」の関係性は、少しだけ「福来スズ子と大和礼子・水城アユミ親子」の関係性に似ていると言えますね。

※笠置シヅ子はNHK紅白歌合戦に4度出演(第2回、第3回、第4回、第7回)していますが、偶然にも(?)美空ひばりの紅白出演(第5回、第8回〜第23回ほか)と一度もバッティングせず。美空ひばりは笠置シヅ子が出演した第3回、第4回に出演オファーを受けていますが、それぞれ興行、公演を理由に出演を辞退しています。

一方の江利チエミは第4回から第19回まで紅白に連続出演しており、2度ほど笠置シヅ子と共演していることになります。

【史実モデル候補③】2代目・水谷八重子説も?

著:水谷八重子
¥1,870 (2024/02/16 18:02時点 | Amazon調べ)

笠置シヅ子が大ファンだと公言していた新派の女王・水谷八重子(初代)の娘で歌手、俳優の水谷好重(2代目水谷八重子)も、水城アユミのモチーフになっている可能性があります。

シヅ子が大阪の松竹少女歌劇団に在籍していた頃からの知り合いだったという初代・水谷八重子。娘の好重(よしえ)が歌手を目指していた頃、声楽の先生を変えたいと考えた母の水谷八重子は笠置シヅ子に相談をしています。

好重は笠置シヅ子を介して服部良一を紹介されると、16歳でジャズ歌手としてデビュー。1958年(昭和33年)から4年連続でNHK紅白歌合戦に出場するなど、歌手として目覚ましい活躍を見せています。

また、俳優としても1958年のNHK朝ドラ「幸福の階段」で笠置シヅ子と共演。一流の俳優として活躍し、1995年には母の跡を継いで2代目水谷八重子を襲名し、新派を代表する俳優になっています。

笠置シヅ子が敬愛した天才舞台人を母に持ち、若くして歌手デビューし、紅白歌合戦にも出場…。2代目水谷八重子と「ブギウギ」水城アユミはどこか重なる部分がありますね。名前もちょっと似ています。

スポンサーリンク

スポンサーリンク

シェアお願いします
URLをコピーする
URLをコピーしました!
目次
閉じる