朝ドラ「ブギウギ」USKトップスター・大和礼子(蒼井優) モデルは飛鳥明子

NHK連続テレビ小説「ブギウギ」で蒼井優が演じる「梅丸少女歌劇団(USK)」娘役のトップスター・大和礼子(やまと・れいこ)のキャラクター設定などをまとめます。

大和礼子は、松竹楽劇団最初期のスター・飛鳥明子がモデルになっている可能性があります。

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USKの第1期生 トップスター娘役・大和礼子

大阪・福島の銭湯の看板娘として育ったヒロインの花田鈴子(澤井梨丘→趣里)は、小さい頃から歌って踊ることが大好き。やがて道頓堀にある「梅丸少女歌劇団(略称:USK)」に入団した鈴子は、そこで出会った先輩たちから多くのことを学ぶことになります。

駆け出しの鈴子(芸名・福来スズ子)にもっとも大きな影響を与えたのが、憧れの先輩であるUSK第1期生の娘役・大和礼子(蒼井優)でした。

大和礼子は、最初期からUSKを引っ張るトップスター。歌劇団の立ち上げからトップスターとしてのプライドを背負い、孤独と戦いながら周囲を牽引してきた大和礼子の姿は、鈴子にとって良き手本、良き目標となっていきそうです。

大和礼子は鈴子たち後輩に対し、歌や踊りに関わる上でいちばん大切な精神を受け渡していきます。

やがて大和礼子は劇団メンバーらの待遇改善を求めるストライキ「桃色争議」の中心メンバーとなりますが、このことが彼女の運命を大きく変えていき…。

▷蒼井優(あおい・ゆう)…福岡県出身の38歳の俳優。映画「フラガール」(2006年)で第30回日本アカデミー賞最優秀助演女優賞、第49回ブルーリボン賞主演女優賞など各賞を受賞。ドラマ「タイガー&ドラゴン」「Dr.コトー診療所2006」「龍馬伝」に出演したほか、映画「リリイ・シュシュのすべて」「花とアリス」「蟲師」「百万円と苦虫女」「彼女がその名を知らない鳥たち」「斬、」「スパイの妻〈劇場版〉」など数々の名作で主演、ヒロインを演じている。夫は「南海キャンディーズ」の山里亮太。

「松竹楽劇部」最初期の娘役スター・飛鳥明子がモデルか

ヒロインが入団する梅丸少女歌劇団(USK)は、1922年(大正11年)に松竹社長の白井松次郎の発案により設立された少女歌劇団・松竹楽劇部(※)がモデルになっています。

(※)この松竹楽劇部は戦前に大阪松竹少女歌劇団(OSSK)、次いで大阪松竹歌劇団(OSK)と改称され、現在はOSK日本歌劇団としてその伝統が受け継がれています。OSK日本歌劇団は宝塚歌劇団、松竹歌劇団とともに三大少女歌劇のひとつとされます。

「ブギウギ」大和礼子のモデルと目されている飛鳥明子は、松竹楽劇部に記念すべき第1期生として入団しています。
※「飛鳥→大和」「明子→礼子」で名前の雰囲気も似ていますね。

飛鳥明子はトウシューズのつま先で踊る「トウダンス」の名手として人気になると、娘役として同劇団の最初のスター、人気ナンバー1になっています。

発足直後の松竹楽劇部は、バレエ風の芸術的な洋舞を披露したり、関西の芸妓さんの踊りから着想を得た「春のおどり」を開発したりと、試行錯誤を繰り返しながら手探りで独自のスタイルを確立していきました。

そんな劇団の黎明期において、飛鳥明子は抜きん出る存在となり、こんにちに続くOSKの伝統の足がかりを作ったのです。

ストライキ「桃色争議」の責任を取って退団、引退

松竹楽劇部のトップスターとして君臨していた飛鳥明子ですが、1933年(昭和8年)に発生した劇団の労働争議(通称・桃色争議)が彼女の人生を変えていきます。

この頃、東京・浅草で発生した松竹による映画活弁士、楽士の解雇騒動や、東京を本拠とする松竹少女歌劇部(SSK=大阪の松竹楽劇部から派生した姉妹劇団)と松竹との間の雇用に関する揉め事などが、大阪の松竹楽劇部にも飛び火しています。

松竹楽劇部は、メンバーの待遇改善の要求が拒否されたことを受けて、松竹側と一触即発の状態に陥っています。

松竹楽劇部の部員たちは一番人気のトップスターだった飛鳥明子を争議団長にすえ、抗議の意志を見せるために一連の公演(舞台)をサボタージュ(同盟怠業、出演拒否)

若手部員の三笠静子(後の笠置シヅ子)、美鈴あさ子(後のアーサー美鈴)、秋月恵美子、芦原千津子ら70名近い部員たちが和歌山県の天空の宗教都市・高野山の一角に立てこもり、大声で演説をぶちまけて参詣客を驚かせるなど大きな騒動に発展しています。

結局世論の追い風を味方に付ける形で、この騒動は楽劇部側に有利な条件(週休制の確立と最低保証賃金の設定)での手打ちが行われています。

勝負としては劇団側、争議団側の勝利に終わったこの騒動(新聞は「レビューガールによる桃色争議」と書きたてた)ですが、騒動の責任を取る形で争議団長を務めた飛鳥明子は退団して引退。東京の騒動で争議委員長を務めた松竹少女歌劇部のトップスター・水の江瀧子には謹慎の処分が下っています。

次世代スター台頭のキッカケに 退団後の飛鳥明子は…

皮肉にもこの桃色争議が松竹楽劇部の新陳代謝を促し、次世代のスターたちが台頭していきます。

絶対的トップスターだった飛鳥明子が去った松竹楽劇部は、1934年(昭和9年)に心機一転を兼ねて大阪松竹少女歌劇団(OSSK)に改称。

現役引退した飛鳥明子に代わり、騒動にも参加した若手の柏晴江(後の柏ハルエ)、美鈴あさ子(後のアーサー美鈴)、そして三笠静子(後の笠置シズ子=ヒロイン鈴子のモデル)らが新世代のスターとして脚光を浴びていきます。

一方、劇団を去った飛鳥明子は、桃色争議からわずか4年後の1937年(昭和12年)に結核により逝去。わずか29年の生涯を閉じています。

※「ブギウギ」でも史実を参考に、大和礼子を中心とした労働争議、そして礼子引退後の鈴子ら新世代の台頭などが描かれていくと予想します。飛鳥明子は若くして亡くなってしまっていますが、「ブギウギ」の大和礼子の退団後の動向も気になるところです。

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