2014年5月13日(火)放送のNHK連続テレビ小説「花子とアン」より。葉山家の窮状を救うため、涙を飲んで九州の石炭王・嘉納伝助(吉田鋼太郎)の元へと嫁ぐ葉山蓮子(仲間由紀恵)の姿が涙を誘いました。
この蓮子の結婚エピソードは、実在した華族であり歌人の柳原白蓮と九州の炭坑王・伊藤伝右衛門夫妻の結婚を元に描かれています。
日比谷大神宮、帝国ホテル…豪華絢爛の挙式
▲初代帝国ホテル全景。1890年(明治23年)竣工、渡辺譲設計。
(画像はWikipediaから転載。)
1910年(明治43年)11月、東京・上野の精養軒で柳原白蓮(本名:燁子=あきこ)と伊藤伝右衛門の見合いが行なわれました。翌1911年(明治44年)2月に日比谷大神宮にて結婚式が、帝国ホテルにて結婚披露宴が行なわれています。
(※日比谷大神宮は現在の「東京大神宮」(JR飯田橋駅近く)。縁結びの神様として有名で、真剣な顔をした女性たちが訪れる、知る人ぞ知るスポットです。)
見合いだとは知らずに白蓮が連れて行かれた上野・精養軒での伝右衛門との出会いから、わずか4ヶ月。新聞で三日間に渡り大々的に報じられたという二人の「黄金結婚」のお披露目は、それは豪華絢爛を極めたと言います。それとは別に、白蓮は結婚式に招く事が出来なかった東洋英和の学校関係者のために、芝公園の料亭で披露宴を開いたそうです。
村岡花子は白蓮の結婚を認められず泣いて止めた
安東はな(吉高由里子)のモデルとなった村岡花子は当時、東洋英和女学院の学び舎において柳原白蓮と友情を育んでいました。白蓮の望まぬ再婚を聞いた花子は、東洋英和女学院3階の教室でこの結婚を泣いて止めたと言います。本日放送された、はなが泣いて蓮子の結婚を止めようとするエピソードの元となっている話だと思われます。
純粋な乙女心を持った村岡花子は、その潔癖さから白蓮の結婚を認める事が出来ませんでした。そのため芝公園の料亭で開かれた披露宴に花子は出席せず、二人の関係はこの後暫く、疎遠になります。
白蓮の結婚から3年余り、二人は手紙のやり取りを再会し、友情も復活していきます。当初は白蓮の結婚を認めなかった花子も、世間を騒がせた「白蓮事件」を通して白蓮の心の苦しみを知るところとなります。
▼華族に生まれた故の苦悩もいろいろあります。当時の華族令嬢の素顔がよくわかる本。
九州の嘉納伝助邸外観は熱海の「起雲閣」でロケ
なお、5月13日(火)の放送で登場した結婚式後のどんちゃん騒ぎの会場、九州の嘉納伝助邸。この建物の外観は熱海の「起雲閣」で撮影されました。
「起雲閣」は静岡県熱海市所有の貴重な文化遺産。かつては「熱海三大別荘」のひとつであり、1947年(昭和22年)に旅館として生まれ変わると、山本有三、志賀直哉、谷崎潤一郎、太宰治といった文豪たちにも愛されました。現在は市所有となり、一般公開されています。
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