【真田丸】病弱すぎる信幸の最初の妻・こう モデルの清音院殿は意外に長生き

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NHK大河ドラマ「真田丸」で、真田信之(大泉洋)の最初の妻として登場する、病弱すぎる妻・こう(長野里美)についてまとめます。

こうは、真田信之の最初の正室・清音院殿(せいいんいんでん)がモデルになっていると思われます。史実通りであれば、こうが病気で早死にすることはなさそうです。

病弱すぎる妻・こう

「真田丸」放送開始当初から、真田信繁(堺雅人)の兄・信之の妻として登場している「こう」。夫を支える気概を持つ良妻ですが、あまりに病弱で、今にも死んでしまいそうなキャラクターが話題になっています。

こうは、真田幸綱(昌幸の父)の長男・信綱の娘。信之とこうは父親同士が兄弟の、従兄弟同士にあたります。

こうは病弱すぎるために人質候補とはなり得ませんが、真田家のために何とか役に立ちたいという思いを強く持っています。

モデルは清音院殿 従兄弟同士の結婚

「こう」のモデルになっていると思われるのが、真田信綱の娘で信之の最初の正室となった清音院殿です。この従兄弟同士の結婚には、真田家のある「御家事情」が関係しているようです。

信之の父・真田昌幸は三男で、もともとは家督を相続する権利を持ちませんでした。しかし二人の兄・信綱(長男)、昌輝(次男)が長篠の戦いで相次いで討死したため、昌幸は家督を継ぐことになります。

この時、長男である信綱には小さいながらも男児がいました。そこで、昌幸(三男)が真田家の「本流」であることを示すために、信綱の長女・清音院殿を昌幸の家系に迎え入れる必要があったのです。

わずか10歳だった信之と婚約した清音院殿は、やがて正室として迎え入れられます。しかし、本多忠勝の娘・小松姫が信之に嫁ぐと、清音院殿は側室に退き、奥の取り仕切り等の実権は小松姫に譲り渡されたとされます。

病弱なこうは死んでしまう?

登場当初から今にも死んでしまいそうなこうですが、史実における清音院殿は側室に退いた後(1595年)に信之嫡男・信吉を生んでおり、その後も1619年(元和5年)まで生きたとされます(参考:大坂夏の陣が1615年。)

「真田丸」においては、信幸に正室・稲(吉田羊)を迎えるにあたり、こうは正室の座を退き、郷には帰らずに真田の侍女として残ることになります。この頃になるとこうの病弱さは影をひそめ、真田を守る力強い女性に変貌していきます。

正室・稲にさっぱり心を開いてもらえず、事あるごとに前妻・こうの元へと走る信幸。やがてこうは信幸の子を宿すことになります。

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