NHK連続テレビ小説「スカーレット」に登場する下着デザイナー「荒木さだ」とその会社「荒木商事」のモチーフ(モデル)について推測します。
関西発の大手下着メーカー「ワコール」や下着デザイナーの鴨居羊子が立ち上げた「チュニック」などに類似点が見られます。
下着メーカー「荒木商事」
荒木さだは喜美子の遠い親戚にあたる人物で、下宿「荒木荘」のオーナーです。戦後にいち早くブラジャーなどの下着デザインを手がけ、「荒木商事」という下着メーカーも経営しています。
荒木商事は女性のプロポーションを美しくするファンデーション(補正下着=ブラジャー、コルセットなど)を取り扱っています。また、当時(昭和28年)としては斬新な「洋装下着ファッションショー」を開催し、まだ市民権を得ていない女性の下着の啓蒙、普及に務めていきます。
※喜美子のモデル人物・神山清子が大阪で女中として働いたという史実はなく、荒木さだは基本的にはドラマのオリジナルキャラクターとなります。
ワコール(塚本幸一)とチュニック(鴨居羊子)
以下、荒木さだ(荒木商事)のモチーフとなっていそうな実在の人物(企業)を紹介します。
まだまだ西洋スタイルの女性下着が定着していなかった終戦後の日本。その普及・啓蒙に大きな貢献をしたのが、いずれも関西発の下着メーカーである「和江商事(現在のワコール)」創業者・塚本幸一(京都)と、「チュニック」創業者で下着デザイナーの鴨居羊子(大阪)でした。
荒木さだ(荒木商事)のキャラクター設定や会社の様子を見ると、黎明期のワコール(和江商事)、そして「チュニック」の鴨居羊子が創作のモチーフになっている可能性があります。※「スカーレット」の資料提供には「ワコール」の名があり、ストーリーの内容からも荒木商事のモチーフには和江商事の要素が入っていそうです(後述)。
【余談】「スキャンティ」という商品名は鴨居羊子が生み出したもの。マスコミからは「スキャンダル・パンティ」などと揶揄された。
新聞記者から下着デザイナーへ 鴨居羊子
大正14年に大阪で生まれた鴨居羊子は、夕刊紙「新関西」、「大阪読売新聞」の記者を経て独立しています。
記者時代にファッション分野を担当していたこともあり、当時の女性の下着観の変化に着目。知人のアパートの一室を工房にして下着のデザインと製造を開始し、昭和31年に「チュニック制作室」を立ち上げています。
一方の和江商事・塚本幸一。戦争を何とか生き延び復員すると、「女性を美しくしたい」という使命に駆られ、昭和21年に婦人装身具の商売を開始。「ブラパット」や「コルセット」などのファンデーションの販売を手がけていきます。
当時の関西において、和江商事と(少し後発の)チュニックは女性下着の革新を推し進める「双璧」といえる存在でした。
美しいプロポーションを作り出し、日本の女性をもっと美しくしたいと願った和江商事の塚本幸一。
一方、鴨居羊子のチュニックはカラフルなスリップ、セクシーなガーターベルトなどを発売。下着は女性の身体を締め付ける(矯正する)ものではなく、身体や心をより自由に解放するものだと捉え、女性下着ブームの火付け役となりました。
センセーショナルな「下着ショー」の開催
こうした両者の違いは、「下着ショー」の在り方にも表れていました。
昭和27年に、大阪の阪急百貨店で日本初の下着ショーを開催した和江商事。下着姿の女性が舞台を歩くという画期的なショーは開催にあたり物議を醸しますが、大きな話題となり、全国各地で和江商事の下着ショーが開催されています。ただし会場は男子禁制という閉鎖空間であり、まだまだショーには「秘め事」という雰囲気があったようです。
一方のチュニックが昭和32年頃から開催していた下着ショーは、かなり過激なものでした。鴨居羊子は男子禁制を打ち破り、舞台から色とりどりのスキャンティを客席に投げたり、ヌードダンサーやボディペインティングを登場させるなど斬新な演出を展開。マスコミはその様子をスキャンダラスに伝えました。
ワコールは大企業に 鴨居羊子は…
その後、ワコールが日本を代表する衣料品メーカーになったことはご存知の通り。創業者の塚本幸一は近江商人の家系の生まれであり、和江商事は「50年計画」という壮大なビジネスプランのもと、大手企業へと駆け上ります。
一方の鴨居羊子は生涯チュニックの経営に関わるとともに、デザイナー、画家、文筆などの活動を展開。人形や小物づくり、フラメンコや保護猫の活動に没頭するなど、その創作活動、ライフワークは多岐に渡り、実に奔放なものでした。
以上、当時の鴨居羊子とチュニック、和江商事についてざっと書いてみました。
▼激動の新聞記者時代、下着デザイナーとしての躍進、そして悩める社長業から逃亡するように男たちと出掛けた南西諸島へのヨット旅…。そのまま朝ドラの主人公になれそうな、鴨居羊子の生涯。
荒木商事=和江商事(+チュニック)?
「女性下着デザイナー」荒木さだは、一世を風靡した大阪発の「女性下着デザイナー」鴨居羊子の存在を少なからず意識して創作されたキャラクターではないでしょうか。
ただし、さだが劇中で「洋装下着ファッションショー」を開催する昭和28年はまだチュニックが誕生する前であり、荒木商事の「洋装下着ファッションショー」会場は女性だらけ。スキャンダラスな演出も見られず、和江商事の下着ショーの印象に近いものがあります。
また、荒木商事の下着はボディライン作り、ファンデーション(補正下着)を重視した商品構成のようであり、いずれ大きな会社を目指すという考えも含め、和江商事の方向性に近いように思います。
劇中の荒木商事はやがて大手下着会社へと吸収され、さだは経営から退き独立。後進の下着デザイナーを育成するという新たな目標を見つけます。「大手下着会社へ吸収」というあたりもワコール的な未来を予感させますね。
「荒木商事」「和江商事」という語感の近さもありますし、異色の下着デザイナー・鴨居羊子の存在感に加え、黎明期の「和江商事」が作り出した当時の女性下着業界の熱気、雰囲気をひっくるめて、劇中の「荒木商事・荒木さだ」という架空の存在が練り上げられたのではないかと予想します。
▼近江商人、つまり滋賀にルーツを持つワコール創業者・塚本幸一。「和江」の商号も「江州(近江)に和す」が由来とか。「スカーレット」は滋賀・信楽が舞台であり、何やら縁があるような…。