NHK連続テレビ小説「風、薫る」第4週では、りんと直美がナースの給金の高さを聞き驚く様子が描かれています。
この記事では、大山捨松も語った当時のナースの給料事情などを現在の物価感覚を交えてまとめます。
文章の後半では、同時代の物語として描かれた前作朝ドラ「ばけばけ」におけるトキ、ヘブンの給料事情を「風、薫る」のナースの給料事情と比べてみます。
【風、薫る】養成所の学費と寮費、ナースのお給金
「風、薫る」の第4週・第16回では、りん(見上愛)と直美(上坂樹里)が大山捨松(多部未華子)からトレインドナースにならないかと誘いを受けています。
捨松は、ナースになるために学ぶ養成所の入学金は無料、授業料が月額50銭(=年額6円)で寮の月額費用が1円(年額12円)であること、それにアメリカのナースの給料が30円ほどなので日本でもある程度のお給料が見込めることなどを二人に説明しています。
30円といえば、かつて直美が働いていたマッチ工場の給金の3年分(直美は年収10円、月収平均83銭で働いていたことになります)。切実にお金に困っていたりんと直美はこのナースの給料事情を聞くと思わず前のめりになっています。
★「風、薫る」ナースのお金事情
・養成所の入学金…無料
・養成所の授業料(月額)…50銭
・養成所の寮費(月額)…1円
・養成所にかかる費用(授業料+寮費)…月額1円50銭=年額18円
・アメリカのナースの給料…月収30円 → 日本ではもう少し安い?
【参考】直美のマッチ工場時代の給料…月収83銭
【史実】当時のナースの給料は?
りんと直美のモデル人物である大関和と鈴木雅は、1886年(明治19年)に新設された桜井女学校付属看護婦養成所に第一期生として入学。
2年後の1888年(明治21年)に養成所を卒業した二人は、養成所時代に実習をした帝国大学医科大学第一病院(現:東京大学医学部附属病院)にそのまま就職。大関和は外科看護婦取締(看護師長)に、雅は内科看護婦取締(看護師長)に就任しています。
この当時の看護婦取締の給料(日給)は33銭、一ヶ月まるまる働いた月額換算でおよそ9〜10円程度だったという記録が残っています。おそらく「風、薫る」のりんと直美も養成所卒業後にこれくらいのお給金をもらうのではないかと思います。
この当時の小学校教師(東京都・公立小学校)の初任給が5円であり、看護婦取締の月給10円は当時の女性としては、(激務とはいえ)まずまず高給取りではありました。
1888年当時の月給10円を現在の価値(消費者物価指数等)に換算するのは難しいですが、今の金銭感覚でおおよそ20万円前後とする説があります。
※小学校教師の初任給5円(現在の小学校教師の初任給は20万円ちょっと)の倍額だと考えると、看護婦取締の給料10円は現在の価値で40万円くらいとも考えられますね。
同時代朝ドラ「ばけばけ」トキ、ヘブン、サワとの給料比較
「風、薫る」でりんと直美が看護婦養成所に通い始めるのが1887年(明治20年)、卒業してナースとして働き始めるのが1889年(明治22年)のこと。
これは前作朝ドラ「ばけばけ」でトキ(髙石あかり)が松江でヘブン先生の女中になった1890年(明治23年)とほぼ同時代です。
この2つの作品の世界の物価はほぼ同じと考えられますので、両作品で語られた給料の額についてざっと比較してみたいと思います。
★「ばけばけ」の給料事情 ※1890年(明治23年)頃
・ヘブンが県からもらう支給額…(島根)月給100円→(熊本)月給200円
・トキ(ヘブンの女中)の給金…月給20円
・新米教師サワの給金…月給4円
・ウメ(花田旅館の女中)の給金…月給90銭
★「風、薫る」ナースのお金事情 ※1886年(明治19年)頃
・養成所の入学金…無料
・養成所の授業料(月額)…50銭
・養成所の寮費(月額)…1円
・養成所にかかる費用(授業料+寮費)…月額1円50銭=年額18円
・アメリカのナースの給料…月収30円 → 日本ではもう少し安い?
【参考】直美のマッチ工場時代の給料…月収83銭
【参考】史実の看護婦取締の給料…月収10円くらい ※1888年(明治21年)頃
「ラシャメン」と言われることを覚悟でヘブン先生(トミー・バストウ)の女中となったトキの月給は20円。これは当時の女性としては破格の給金であることが劇中で示唆されています。
また、非正規の教師になったばかりだった親友のサワ(円井わん)の月給は4円、花田旅館の女中・ウメ(野内まる)の月給が90銭であることも劇中で語られています。トキはサワの5倍の給料をもらっていたわけです。
「風、薫る」第16話でりんと直美が捨松から聞いた「アメリカのナース月給30円」は、かなり羽振りがよかったトキの女中時代(月給20円)の1.5倍、サワの初任給の7.5倍。りんと直美が驚くのもわかります。
史実における看護婦取締の月給10円も、新米教師だったサワの倍ですからそれなりの額ですね。
また、直美のマッチ工場時代の月給83銭は、花田旅館のウメの月給90銭とほぼ同じ。東京でカツカツの生活を送りやさぐれていた直美とは対照的に、松江のウメはのほほんと楽しそうに生きていました。
