「風、薫る」直美が小川吾郎と結婚、出産へ モデルは鈴木雅の夫・鈴木良光 死因は?

※本ページのリンクには広告が含まれています。

NHK連続テレビ小説「風、薫る」に登場している軍人の小川吾郎と大家直美の結婚が確定的になっていますので、今後の展望などをまとめます。

この小川吾郎という人物は、直美のモデルである鈴木雅の夫だった軍人・鈴木良光がモデルになっていると考えられます。一部今後のネタバレを含みますのでご注意ください。

スポンサーリンク

目次

見舞客の小川吾郎 最初の印象は「芋男」「がばい偉そうな尼さん」

直美(上坂樹里)と陸軍軍人・小川吾郎(甲斐翔真)が出会ったのは、直美が帝都医大の看護婦取締として働いていた第13週・第63回のこと。

吾郎は直美の担当患者だった陣内清(細川岳)の見舞客として来院し、幼なじみの陣内に好物の牡丹餅を差し入れていますが、直美がこれを「優しい暴力」だとして厳しく叱責。

九州男児と思われる吾郎が「がばい偉そうな尼さんばい」と直美を睨みつけると、病室から出た直美も「何なの、あの芋男(怒)」と吾郎に対する怒りをあらわにしています。

ファーストインプレッションこそ最悪だった二人ですが、やがて上官のようなピリッとした直美の働きぶり、みなしごながら自立して生きている直美の姿に尊敬の念を抱いた吾郎が直美にアプローチ。吾郎の想いを受けた直美は戸惑いつつも「じゃあ友だちになりましょう」と譲歩し、二人の交友関係がスタートしています。

【補足】
▷吾郎と直美の最初の接点は第13週・第62回のラストシーン。御菓子処「田之上屋」の前にやってきた直美は、たまたま店の前を通りかかった吾郎とすれ違っています。道端の石仏に手を合わせる吾郎に何かを感じたのか直美は吾郎を振り返っていますが、その瞬間にひゅうっと風が吹き、語り・真風(研ナオコ)の「行き違い、すれ違い、新しい風が吹いてきたみたいだねえ」というナレーションが流れています。
▷吾郎の肩書は近衛歩兵第三聯隊二等軍曹。

直美と吾郎は結婚する?今後のネタバレ 結婚、妊娠、出征

その後、恵風看護婦会を立ち上げて自らの事業と格闘していく直美にとって、吾郎は心許せる話し相手となっていきます。

一部情報誌などに掲載されている今後のあらすじ(下記)を読む限り、直美と吾郎が結婚するのは確定事項と言えそうです。

【直美と吾郎 今後のあらすじ抜粋】
・直美は吾郎と幸せな結婚生活を送る(第21週)
・日清戦争が始まる頃に直美が妊娠、吾郎が大喜び(第22週)
・そのタイミングで吾郎の出征が決まる(第22週)

結婚、妊娠を経て家族を持つ喜びを知る直美ですが、吾郎の出征が決まり、二人の間に戦争の影がひたひたと迫ってきそうです。

【史実モデル】鈴木雅の夫・鈴木良光 若くして死別

楽天ブックス
¥924 (2026/05/04 16:39時点 | 楽天市場調べ)
\楽天ポイント5倍セール!/
楽天市場

大家直美のモデル人物である鈴木雅は、若き日に陸軍軍人の鈴木良光(すずき・よしみつ)と結婚し二人の子どもを出産しています。この鈴木良光という人物が「風、薫る」に登場している小川吾郎のモデルであると考えられます。

1858年(安政4年)に静岡県の士族で幕臣だった加藤信盛の娘として生まれた鈴木雅。

どうしても英語を学びたかった鈴木雅は、その後はどんな縁談でも受け入れるという条件で両親に頼み込み、横浜のフェリス・セミナリー(現在のフェリス女学院)の寮に入っています(1876年、明治9年)。

フェリスで2年にわたり英語を学んだ鈴木雅は、それで満足をして約束通りに帰郷。1878年(明治11年)に陸軍の大尉だった鈴木良光と結婚をしています。

※鈴木良光は、幕臣の陸軍奉行並支配・鈴木良右衛門を父に持ち、旧徳川家に仕えて父と共に鳥羽伏見の戦いに参戦。転戦の後に五稜郭に立て籠もるものの、榎本武揚の説得により降伏。その後は明治新政府の陸軍に入隊、歩兵第9連隊第二大隊長心得(大尉)として西南戦争に出征するなど軍人の道を歩んでいます。

雅本人はこの縁談を「私にはもったいないくらいの良い縁談」だと語っていたようです。

夫が第九連隊の京都分隊伏見連隊長に所属していたこともあり、新婚時代は大津、京都などで暮した二人。やがて二人の間には娘のみつと息子の良一が誕生しています(その後、夫の異動に従い東京、仙台でも生活)。

忙しいながらも幸せな家庭生活を送っていた雅でしたが、結婚から5年後の1883年(明治16年)、鈴木良光は西南戦争出征時に受けた銃創が原因で床に伏せるようになり、任地先の仙台衛戊病院で病没しています。

自分に看護の技術があれば夫の最後の時間をもっと安らかに過ごせたのではないか…。(夫の恩給はあるものの)シングルマザーとして自立して生きていきたい…。雅は次第にそんな思いを抱くようになったようです。

明治20年(1887年)、雅は子供二人を郷里の静岡に残し、大きな決意を胸に上京。創設されたばかりの桜井女学校附属看護婦養成所の第一期生となり、トレインドナースへの道を歩み始めると、盟友となる大関和(「風、薫る」一ノ瀬りんのモデル)と出会っています。

この時、鈴木雅と大関和はともに28歳。看護婦養成所の寮で同室となっています。

結婚のタイミングに違い 直美はシングルマザーに?

「風、薫る」は大関和と鈴木雅の人生をモチーフとして、設定を大幅に変更した上で創作されている物語です。そのため、直美の結婚生活に関しても史実とは異なるオリジナルストーリーが描かれていきそうです。

史実の鈴木雅は、静岡の士族の娘として生まれて若き日に英語を学び、その後に結婚、出産を経て夫と死別。シングルマザーとなったタイミングで上京して看護婦養成所の門を叩いています。トレインドナースへの道を歩み始めた時点で、すでに二人の子持ちだったわけですね。

一方、「風、薫る」の大家直美はみなしごとして教会で育ち、教会の外国人たちと関わる中で英語を身に着け、独身(天涯孤独の状態)で看護婦養成所へと入所。職業看護婦として1人前になった段階で運命の人である軍人・小川吾郎と出会い、結婚出産をする見込みです。

モデル人物である鈴木雅が夫を戦争の後遺症で亡くしていることから、直美の夫となる小川吾郎も出征後に亡くなり、直美が未亡人(シングルマザー)になる可能性が出てきています。

▼設定の改変は諸々ありますが、直美の母(柳川文)が静岡出身というのは史実を踏襲したもの。浦崎八幡の親子参拝シーンはドラマの中の名シーンのひとつ。

スポンサーリンク

スポンサーリンク

シェアお願いします
目次