【あさが来た】東京の東弘成館、大阪の西弘成館 五代友厚がつくった鉱山管理事務所

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NHK連続テレビ小説「あさが来た」12月23日(水)放送分より。五代友厚(ディーン・フジオカ)の東京の事務所である「東弘成館(ひがしこうせいかん)」についてまとめます。大阪には「西弘成館」がありました。

五代の東京事務所・東弘成館

五代の招きにより東京へとやってきたあさ(波瑠)がまず向かったのが、築地にあるという五代の事務所でした。五代によれば、この建物は「東弘成館」と呼ばれるもので、大阪にある弘成館の東京屋敷とのこと。

弘成館とは?

弘成館は実在した鉱山経営の管理事務所で、五代友厚が中心となり創設したものです。五代は富国策の一つとして財源確保のために鉱山業を手がけるようになり、天和銅山(大和)、半田銀山(岩代)など、全国規模で鉱山を経営しています。

五代はこうした事業の管理のため、明治6年(1873年)に大阪・中之島に弘成館(西弘成館)を、明治7年(1874年)には事業拡大に対応するために東京・築地入船町に東弘成館をつくっています。

弘成館には事務部門と現業部門がおかれ、館内の役員が二百名以上、現場の坑夫たちも2万人に及んだとされ、世間で注目される組織でした。

▼西弘成館は、広岡浅子の「加島屋」があった肥後橋からすぐ近く、大阪・中之島の淀屋橋詰(現在は日本銀行大阪支店)にありました。この場所は五代友厚の旧邸宅(明治18年築)があった場所でもあります。


参考記事:「東弘成館」を含め、西洋風の東京での町並みシーンは「和歌山マリーナシティ・ポルトヨーロッパ」で撮影されています。
【あさが来た】東京シーンのロケ地は「和歌山・ポルトヨーロッパ(マリーナシティ)」

 

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