NHK連続テレビ小説「べっぴんさん」に登場する架空の店「ベビーショップあさや」についてまとめます。
この「ベビーショップあさや」には実在したモデル店がありますので、あわせてまとめておきます。
4人が集まり「ベビーショップあさや」開店
戦後、「あさや」の一角を間借りし、自作の手芸品を売りはじめたすみれ(芳根京子)。
当初、一人きりで奮闘したものの売り上げが上がらなかったすみれですが、再会した旧友の良子(百田夏菜子)、君枝(土村芳)、それに育児専門家の明美(谷村美月)が合流したことで、赤ちゃん、子供用品などを中心とした「ベビーショップあさや」が産声をあげます。
すみれが提案した店のシンボルマーク「四つ葉のクローバー」は、デザインが得意な君枝によって図案化され、4人の友情の象徴のようになっていきます。
モデルは「ベビーショップ・モトヤ」
「ベビーショップあさや」のモデルとなっているのは、かつて神戸・三宮センター街に存在し、現在も続く子供用品企業「ファミリア」の前身となった実在の店舗「ベビーショップ・モトヤ」です。
戦後、生活苦に陥った坂野惇子(すみれのモデル)は、実家・佐々木家に出入りしていた靴職人・元田蓮を訪ね、手持ちのハイヒールが売れないか相談を持ちかけています。元田は、そのハイヒールが惇子のために丹精込めて作った自身の作だと気が付くと、これを丁重に断っています。
その際、たまたま惇子が持っていた自作の写真ケースの出来映えに感心した元田は、自身の店「モトヤ靴店」のショーケースの一角を使ってそれら手芸品を売ってみてはどうかと惇子に提案しています。
四人の創業者、周囲の助言
これを受けて、惇子は学生時代の親友・田村江つ子に相談。江つ子の義姉・田村光子、それに惇子の知人・村井ミヨ子を巻き込み、四人で小さな手芸店を開店させることになります。
惇子自身の出産・子育て時の経験(ベビーナース・大ヶ瀬久子から学んだ合理的な西洋式育児法など)、それに惇子の父・佐々木八十八や夫・坂野通夫の助言もあり、店は単なる手芸店ではなく、可愛く使いやすい赤ちゃん・子供用品を取り揃えた「ベビーショップ」というコンセプトを掲げ、産声をあげることになります。
こうして昭和23年(1948年)12月4日、「モトヤ靴店」の一角に「ベビーショップ・モトヤ」は誕生しています。
四人の創業メンバーは仕事と家庭を両立させながら懸命に働き、やがて「モトヤ靴店」から隣接地に独立。昭和25年には同店は会社組織化され、現在に続く「株式会社ファミリア」が誕生しています。
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