村岡儆三と花子 既婚者との許されぬ恋、往復書簡の内容 【花子とアン】村岡英治も既婚者

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NHK連続テレビ小説「花子とアン」第12週から第13週にかけて、安東はな(吉高由里子)と村岡英治(鈴木亮平)の仲に大きな進展があります。しかし、それと同時に二人の間に横たわる大きな問題も露見します。

はな、勢い余って村岡英治に告白

数年ぶりの再会以来、急速に仲が縮まっているはなと英治。相思相愛である二人の様子に気がついた嘉納蓮子(仲間由紀恵)の後押しもあり、はなは思わず英治に告白してしまいます。すると、英治は突然はなを抱きしめます。

急速な進展に混乱するはなでしたが、それ以降の英治は何事もなかったかのように素っ気なく、はなは英治に嫌われてしまったと考えるようになります。

村岡英治は既婚だった

それからしばらくして、はなの妹・かよ(黒木華)は英治に関する重大な事実を知ってしまいます。英治は既婚者であること、そしてその妻・香澄(中村ゆり)は長いこと結核を患い入院していること。

英治は、はなに対する自分の気持ちに気付いていながら、既婚者ゆえにその気持ちを押さえ込んでいたのです。

村岡花子と村岡儆三の激しい恋 不倫?

この二人のモデルとなった人物、村岡花子(結婚前の本名は安中はな)と村岡儆三もまた、許されぬ恋の葛藤の末に結ばれた夫婦でした。26歳で東京に再上京し、翻訳の仕事を始めた当時に出会ったのが、「福音印刷」経営者・村岡儆三でした。

儆三は別居中とはいえ、病を患った妻、それに子供もいました。しかし出会ってすぐに花子と儆三は激しい恋に落ち、今でいうところの「不倫」「略奪愛」のような形で恋が進展していきます。

花子と儆三は、出会ってから結婚までの半年間(早い!)で70通以上の往復書簡(現代で言うラブレター)を交わしました。その内容は激情にあふれるとともに、許されない恋への葛藤が赤裸々に綴られています。

花子から儆三への愛の書簡(ラブレター)

花子からの書簡には、

「もう決して物事に心配しないむすめになります。あなたが私を愛して下さること、私があなたをこんなに好きなこと、それを思うと、その愛で何もかもを解決していけると信じることができますので、やっぱり私は嬉しくほほえんでいられます」

 

「私はあなたからこんなにやさしさを受けられるのが不思議でなりません。私のようなつまらない娘が、どうしてでしょう。私は努力してあなたにふさわしい者になります。どうぞ私の足りない所をゆるして教えて下さいまし。私はあなたのもの。」

 

「必ず一緒になれるからと思つて、愛したのではありません。なれても成れないでも、凡事事情から離れて、愛して仕舞つたのですから、運命を□ふ事もございません。(以下略)」(□部分は不明)

といったように、読んでいるこちらが赤面してしまうような愛の言葉が並んでいます。

儆三から花子への愛の書簡

これに対し儆三の書簡も愛の言葉を並べ、「苦しいつらい事も今しばらくの辛抱」であり籍の問題も直に解決するだろうとし、「あなたはそうなれば日陰の花ではないのです。」と花子を勇気づけています。

儆三は花子のことを「花チャン」と呼び、「あなたを見ると可愛くなってkissをせずには居られない。」「所詮二人は別々に居ってはならぬ人に創造されたのですね。天地創造の初めより二人が結び附く縁は極(きま)って居ったのです」などと書いています。こちらもまた熱烈なラブレターであり、当時の二人の恋の熱量が伝わってきます。

※これらの書簡の内容はいずれも「アンのゆりかご〜村岡花子の生涯」(新潮文庫)より抜粋。

花子と儆三は初めて出会ってから満6ヶ月と16日で、築地教会で結婚式を挙げる事になります。

ちなみに、「花子とアン」で安東はなが再上京し聡文堂で働き始めたのは1919年春。花子と儆三が結婚したのも1919年10月ですので、安東はなと村岡英治の結婚もそう遠い話ではないかもしれません。

※儆三と前妻・幸の間には嘉男という男の子がいたのですが、「花子とアン」では登場しない模様です。
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