マッサンモデル竹鶴政孝の生家・家族構成 ドラマとは兄弟人数などが少々違う

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NHK連続テレビ小説「マッサン」亀山政春のモデルとなったニッカウヰスキー創業者・竹鶴政孝の生家・家族構成をまとめます。兄弟の人数等、ドラマの設定とは少々違います。

ドラマでの家族構成は 「マッサン」亀山家の家族構成、メンバーまとめの記事にまとめています。

▼この記事は「ヒゲのウヰスキー誕生す」を参考にして書いています。

製塩業、酒造業で富を築いた竹鶴家

竹鶴家は屋号を「小笹屋(おざさや)」といい、古くから竹原で製塩業を営む傍ら、酒造業も営んでいました。竹原は江戸から明治にかけ、瀬戸内を代表する塩の産地で、竹鶴家は頼家(らいけ)、吉井家と並ぶ「三大塩田地主」の家柄でした。

父・敬次郎、母・チョウの人物像

父・敬次郎は竹鶴家の分家に生まれ製塩業を営んでいましたが、本家の主人が亡くなったために本家に入り、竹鶴酒造を継いでいます。これにより竹鶴政孝は本家で生まれ、酒造りを身近に見ながら育ちます。

敬次郎は、酒造家・三浦仙三郎を中心としたグループの主要メンバーとして、酒には不向きとされた広島の軟水で「吟醸づくり」の技術を確立し、現在の広島酒の礎を築いた人物のひとり。仕事に厳しい職人として、時には行動的な事業家として様々な事業を興すなど、政孝の仕事観に大きな影響を与えた人物です。

母・チョウはピン子氏演じる早苗とは異なり、物静かな趣味人。名家の娘らしく、琴や茶道などの稽古ごとを嗜み、つねづね庭を美しく整えるなど、生活に潤いを与える存在でした。

竹鶴政孝は九人兄弟の三男 兄たちは

竹鶴政孝は九人兄弟(四男五女)の七番目、三男として生まれています。一番上の兄とは18歳の歳の差があったそうです。

長兄は早稲田の商科を出てシンガポールへ行きゴム栽培を、次兄は九州帝大から北海道炭礦汽船に入社し北海道に渡りました。弟も慶應義塾へ進学後、酒造りとは違う道に進んだようです。

結果必然的に、残った三男・政孝に対し、家業を継ぐ期待がかけられたようです。

すみれ、千加子のモデルとなった竹鶴政孝の姉妹

五人の姉妹のうち、政春の三歳下の妹「沢能(さわの)」が、早見あかり演じる「すみれ」のモデルだと思われます。政孝は沢能を特に可愛がっており、一時期大阪で一緒に住んでいた頃には一緒に芝居を見に行ったり、食事や買物を奢ったりしていたそうです。

そして何番目の姉かは不明ですが、子供が居なかった政孝とリタは、四人の姉のうちの一人から「威(たけし)」という青年を養子として譲り受けています。この姉が、西田尚美演じる岡崎千加子のモデルだと思われます。

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