「おちょやん」小暮真治と高城百合子がソ連亡命へ モデルは演出家・杉本良吉と女優・岡田嘉子のソ連亡命か

NHK連続テレビ小説「おちょやん」第16週では、千代の初恋の相手・小暮真治と女優・高城百合子がソ連亡命を希望し、それを千代たちが匿う様子が描かれます。

これらのエピソードは、2代目渋谷天外が演出家・杉本良吉と女優・岡田嘉子のソ連亡命を手助けしたともされる逸話がモチーフになっていると考えられます。

結婚していた小暮と百合子

映画監督・村川茂(森準人)からダメ出しを食らい続けた末に共演者と駆け落ちをしてしまった高城百合子(井川遥)。そして、映画監督の夢を諦めて実家に戻った小暮真治(若葉竜也)。

第16週ではそんな二人が千代と一平の前に突然現れ、一晩だけ泊めてほしいと頼み込みます。小暮は一度は実家に戻ったものの、片思いの相手・百合子と再会したことをキッカケに舞台の世界に戻り、結婚して二人で全国を回っているとか。

快く二人を受け入れた千代と一平でしたが、翌日、二人が特高警察に追われている身だと知ります。二人は時勢に逆らった芝居をしたことで特高に目をつけられたため、ソ連に亡命しようとしていたのでした。自宅に乗り込んでくる特高に対し、千代と一平はとっさに芝居をして二人を匿い…。

演出家・杉本良吉と女優・岡田嘉子のソ連亡命

この小暮と百合子のソ連亡命エピソードは、「愛の逃避行」として世を騒がせた演出家・杉本良吉と女優・岡田嘉子のソ連亡命がモチーフになっていると考えられます。

岡田嘉子はオランダ人の血を引くエキゾチックな美貌の持ち主で、大正から昭和初期に新劇、映画などで活躍したスター女優。数多くの浮名を流し、映画監督・村田実から演技上の罵倒を浴びた末に共演俳優・竹内良一(その後結婚→離婚)と衝動的に駆け落ち、失踪してしまうなどスキャンダラスなお騒がせ女優としても知られます。「おちょやん」で村川監督にダメ出しされた末に共演者と駆け落ちをした高城百合子の設定と似通っていますね。

1936年(昭和11年)、岡田嘉子は共産主義者の演出家・杉本良吉と激しい恋に落ちています。翌年に日中戦争が開戦すると、日本共産党員で執行猶予中だった杉本は召集令状を受ければ刑務所に送られるであろう事、それに共産主義者への弾圧を恐れ、恋人・岡田嘉子を引き連れてのソ連亡命を決意しています(杉本には妻がいましたが、妻を置いての逃避行でした)。

スター女優と演出家の「愛の逃避行」は連日新聞で伝えられ、国内を大いに騒がせました。

二人の逃走を手助け?「赤にかぶれていた」渋谷天外

▼「渋谷天外伝」には、杉本良吉と岡田嘉子の「恋の逃避行」のストーリーも登場しています。

この当時、松竹家庭劇を牽引しながら、世直しを意味する「舘直志(たて・なおし)」のペンネームで脚本家としても活動していた2代目渋谷天外(「おちょやん」一平のモデル)は、政治(共産主義)への強い関心を持っていたとされます。

天外は、世間から「赤」として忌み嫌われていた共産主義者をたびたび家に連れ帰っては妻の浪花千栄子(「おちょやん」千代のモデル)を困惑させたそうです。

真相は闇の中ですが、天外はソ連への亡命を考えていた演出家・杉本良吉に逃走資金をカンパしたとも言われています。千栄子は夫の度重なる浮気グセとともに、自身も社会から抹殺されることになりかねない共産主義者との交友を随分と嫌がったようです。

こうした政治・思想がらみの際どい史実エピソードが朝ドラ風にマイルドに改変され、小暮と百合子のソ連亡命劇に仕立て上げられているようですね。

杉本と岡田嘉子の亡命の結末は…

「おちょやん」では描かれないかも知れませんが、北海道から厳冬のソ連領・北樺太へと越境した杉本良吉と岡田嘉子のその後の運命は過酷なものとなっています。

越境直後、国境警備隊に拘束された杉本と岡田。二人はスパイ容疑で捕らえられると、GPU(後のKGB)の取調べを経て、別々の独房に入れられてしまいます。2人はその後、二度と会う事は叶わなかったそうです。

杉本は過酷な取り調べの末にスパイ目的で入国したと虚偽の供述を強要され、結局1939年(昭和14年)に銃殺刑に処されています。

一方の岡田は収容所に送られ、戦後の1947年(昭和22年)に釈放されるまでの約8年間を獄中で過ごしています。釈放後の岡田はモスクワ放送局に入局し、日本語放送のアナウンサーを務めています。岡田は、日本兵としてソ連軍の捕虜となりシベリアに抑留された戦前の日活人気俳優・滝口新太郎と現地で結婚。その後も長年ソ連で暮らしています。

1972年(昭和47年)には美濃部都知事らの働きかけもあり帰国し、映画「男はつらいよ 寅次郎夕焼け小焼け」やテレビ番組「徹子の部屋」などに出演しています。しかし「今では自分はソ連人だから」として1986年(昭和61年)にはソ連に戻り、1992年(平成4年)にモスクワで89年の生涯を閉じています。

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