【真田丸】武田勝頼 偉大な父・信玄の「二代目」としての苦悩

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NHK大河ドラマ「真田丸」に登場する武将・武田勝頼についてまとめます。「真田丸」は英雄たちの息子である「二代目」の物語であるとされ、武田勝頼もまた、偉大な親の威光に苦悩する「二代目」です。

甲斐武田家最期の当主・勝頼

武田勝頼(たけだ・かつより)といえば武田信玄の四男であり、甲斐武田氏第20代の当主。武田家を滅亡させた張本人であるという人物評価とともに、悲劇の武将であったとする肯定的な声もあるなど、その功績については賛否分かれます。

「真田丸」第一話は、武田信玄が死んでから9年後、天正10年(1582年)からスタートします。勝頼は四男ながら信玄からの指名により(兄らが夭折、盲目だった等の事情あり)、武田家の後継者となっていました。

上杉、北条、徳川、織田…列強に囲まれた武田

北に上杉、東に北条、南に徳川、そして西に最強の織田が揃い、列強大名に四方を囲まれていた武田。そんな状況で、武田の西を固めていた外戚の木曽義昌が織田信長に寝返ると、一気に織田の侵攻を許してしまいます。

さらに悪いことに、武田家の要ともいえる穴山梅雪が織田に寝返り(以前から織田、徳川に内通していた)、梅雪の手引きで徳川勢も武田領に侵入。梅雪は武田の軍略や戦力をすべて把握しており、武田はいよいよ絶体絶命のピンチに陥ってしまいます。

ここで武田の重臣たちから示されたのは、三つの策でした。

岩殿か、岩櫃か 勝頼の選択は

ひとつは玉砕覚悟の新府城での篭城策(新府城はまだ建設途上で、鉄壁ではなかった)。二つ目が昌幸が提案する岩櫃城(真田領)への一時退却。そして、三つ目が小山田信茂らが提案する要害・岩殿城(武田領)への移動。

勝頼は悩んだ末に、武田領を出るのはしのびないとして岩殿城行きを決めます(小山田らは、真田は信用ならないなどと勝頼に吹き込む)。ところが、道中で小山田信茂が織田に寝返って関所を通さなかったことで勝頼は行き場を失い、いよいよ武田家は滅亡へのカウントダウンを歩み始めてしまうのです。

優しい?頼りない?勝頼の人物像

▼「無能」などと酷評されがちな武田勝頼。横山光輝のこちらの作品は勝頼の活躍、武田家の最期を丁寧に描いており、高い評価を得ています。

「真田丸」における勝頼の人物描写は、「悲運の優しい二代目」といったところ。勝頼は織田に追い詰められ苦境に立たされると、真田昌幸らを前にして「父上が生きていればどうしただろうか」「そもそも父上がいれば、こんなことにはなっておらぬか…」などと、半ば自嘲気味に弱音を吐いています。

また、一度は受け入れた岩櫃城行きを取り止めた勝頼は、新府に住まわせていた真田の人質を解放する配慮を見せます。この際に勝頼は、本来は小山田茂誠の妻として岩殿城へと同行すべきだった松を真田家に返しており、この行動は勝頼が小山田の裏切りをすでに察した上での真田への優しさではないか、と昌幸は考えます。

勝頼自害、武田家滅亡

第二話において、追い詰めらた勝頼は逃亡先の甲州・木賊山麓にある田野村で自害し、武田はついに滅亡してしまいます。この時、勝頼はまだ37歳の若さでした。

偉大な父の存在に悩み、ついには自分の代で武田家を滅亡させてしまった勝頼。時に「無能な二代目」といったイメージで語られることがある勝頼ですが、「真田丸」では情や人徳があり、どこか達観した冷静な人物として描かれます。

勝頼を演じる俳優の平岳大も名優・平幹二朗の息子であり、二代目として人知れぬ苦悩があるかも知れません。第一話放送後には、真田昌幸を演じる草刈正雄とともに平岳大の演技に対する好感が多く聞かれ、第二話での演技にも注目が集まります。

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