村岡花子が「ジフテリア」を発症 症状・致死率・現在の患者数は?

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NHK連続テレビ小説「花子とアン」第24週より。村岡花子(吉高由里子)が感染した病気「ジフテリア」についてまとめます。

東京に空襲の危険性が迫り、娘の美里(三木理紗子)と姪の直子(志村美空)を祖父母の住む甲府へと疎開させた花子。子供たちのことを心配しながら東京へと戻ってきた花子に、突然病魔が襲いかかります。

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目次

咽喉がやられる「ジフテリア」の症状とは?

原因不明の高熱に襲われた花子が感染していたのは、「ジフテリア菌」を病原体とする上気道の粘膜感染症「ジフテリア」。

発熱、咽頭痛、嚥下痛などから始まる「ジフテリア」は、咽頭、扁桃、喉頭周辺に白または灰色の「偽膜」が出来、時に呼吸困難を引き起こし、更には気道閉塞によって死に至ることもあります。

また、目の結膜や腎臓、中耳などが侵されることもあります。

怖い心筋炎 ジフテリアの致死率は?

そして、ジフテリア感染時に恐れられているのが、菌から産生された毒素が引き起こす心筋炎。これは発症後4〜6週の回復期に発症する例が見られ、突然死に対する警戒が必要になります。

ジフテリア感染者のうち症状が出る「発症率」は10%程度。(つまり、9割の人は無自覚な保菌者に。)また、発症者の致死率は平均で5〜10%であると言われます。

現在の日本でのジフテリア患者数

1945年当時には8万人(うち約10%が死亡※)を超えていた日本のジフテリア患者の届け出数ですが、戦後、ワクチンの予防接種が普及すると急激に減少します。

1991年〜2000年までの10年間の患者届け出数は21人(うち死亡2人※)であり、現在国内ではほとんど見られない病気となっています。
(※数字は国立感染研究所ホームページを参照)

二ヶ月間の隔離治療をした花子

▼「花子とアン」の原案である「アンのゆりかご」。ドラマは史実からかけ離れた「フィクション」の部分もかなり多い為、村岡花子の実像をより知りたい場合は「アンのゆりかご」を読むことをおススメします…。

史実によれば、村岡花子は昭和18年初秋にジフテリア発症後、自宅の一室(家族も入れない)に隔離され血清治療を受けたそうです。

治療期間は2ヶ月に及び、その間、花子は医師以外にはほとんど誰とも会いませんでした。当時、病気でやせ細った花子を見た夫・儆三は、その姿に随分と驚いたそうです。

この病気により花子は多忙な講演活動、戦争の報道・情報から離れることとなり、精神的にも肉体的にもリフレッシュされることになります。

花子はこれを機に、「いつか平和が来た時に」と後回しにしていた「アン・オブ・グリン・ゲイブルズ(赤毛のアン)」の翻訳に早急に取りかかる決意をします。

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