NHK連続テレビ小説「らんまん」の主人公・槙野万太郎(神木隆之介)は酒蔵の跡取り息子として生まれながらまったくの下戸であり、大の甘党として描かれています。
このキャラクター設定は、モデル人物である牧野富太郎の特徴をそのまま採用したもの。牧野富太郎の下戸ぶり(酒を嫌悪すらしていた?)、甘党ぶりをまとめます。牧野富太郎が大好物だったお菓子についてもまとめます。
下戸で甘味好き 万太郎のキャラクター設定
「らんまん」の主人公・槙野万太郎は、内国博覧会の懇親会で日本酒を口にしてすぐに泥酔してしまうなど、酒蔵の跡取り息子ながら酒が全く飲めない下戸(げこ)として描かれています。
その一方で、博覧会会場内に出店していた菓子屋「白梅堂」の駄菓子・かるやき(軽焼)を大喜びで食べたり、上京後も足繁く「白梅堂」に通ってはお菓子を購入するなど大の甘党として描写されています。
この万太郎のキャラクター設定は、モデル人物・牧野富太郎の嗜好をそのままトレースしたものとなっています。
壽衛子の菓子屋に足繁く通った富太郎
土佐・佐川の酒蔵「岸屋」の跡取り息子として生まれながら、まったくお酒が飲めない下戸だったという牧野富太郎。その一方で大の甘党だったことでも知られます。
植物研究者を志して上京し、本郷の東京大学・植物学教室に通うようになった若き日の富太郎は、下宿先と大学の通り道にあった飯田町の小さな菓子屋「小沢」に足繁く通うようになり、そこで茶菓子を買うのが日々の楽しみだったそうです。
この「小沢」の店頭に時々立っていたのが、後に富太郎の妻となる小沢壽衛子でした。壽衛子を見初めた富太郎は当時世話になっていた印刷所の主人に頼み込んで仲を取り持ってもらい、結婚へとこぎつけています。
「らんまん」で描かれる万太郎と寿恵子のラブストーリーは、こうした史実をもとに創作されています。富太郎は甘党だったがゆえに、運命の人と出会ったわけですね。
親友・池野成一郎と楽しんだ甘味 好物はドウラン(栗饅頭)、百合羊羹、ヤマモモなど
富太郎の甘党エピソードはこれだけでありません。
植物学教室時代に出会い長年の親友となった植物学者・池野成一郎(ソテツの精子を発見し植物学史に名を残す)との思い出を綴った随筆では、成一郎とともに採集先の福島・湯本で黒砂糖の駄菓子を食べたことなどが書かれています。
また、「牧野富太郎自叙伝」にも成一郎とのお菓子の思い出が綴られています。まだ成一郎が植物学教室の学生だった当時、本郷の春木町というところに「梅月」という菓子屋があって、「ドウラン」という栗饅頭式のお菓子が売っていたそう。この「ドウラン」が大層美味しかったため、富太郎と成一郎はたびたび店に通い、このお菓子を楽しんだそうです。
※この「ドウラン」と呼ばれるお菓子は現在では存在せず、どのようなものだったのかは曖昧です。タバコを入れる「胴籃(胴乱=どうらん)」のような見た目をしていたので「ドウラン(ドーラン)」と呼ばれていたとのこと。
老舗菓子屋・虎屋のホームページ内のコラムには「牧野富太郎とドーラン」に関する記事があり、「ドーラン」に似た名前の菓子として江戸時代に流行した「胡麻胴乱(ごまどうらん)」が紹介されています。以下、コラムから引用。
「〜(略)似た名前の菓子に、江戸時代に流行した「胡麻胴乱」があります。砂糖を小麦粉生地で包んで焼いたものですが、中の砂糖が熱で融けて沸騰し、生地の内側に貼りついて空洞になるため、煙草や小銭を入れる小物入れの胴乱に見立ててその名がついたといわれます。」(引用終わり)
この「胡麻胴乱」なるお菓子、「らんまん」に登場している「かるやき(軽焼)」にどこか通じるものがありますね。
他にも、牧野富太郎は「百合羊羹」(ユリの根を原材料の一つとした甘いようかん)や、ヤマモモ(故郷佐川の裏山でよく食べた大好物。高知の県花)などをこよなく愛したと伝わっています。
※ドラマの人気とともに、ご当地・高知の御菓子司「福留菊水堂」の百合羊羹、山桃羊羹が大人気となり品薄になっているとのこと。
富太郎「酒と煙草を呑まなかったことの幸福」
嗜好品といえば甘いものだけ、酒もタバコも嗜まなかった富太郎。昭和10年頃(73歳頃)には自著において「酒や煙草を呑まなかったことの幸福を今しみじみとよろこんでいる」と語っています(「牧野富太郎自叙伝 第一部」より)。
若い頃に酒や遊びに溺れず老年まで一貫して健康で居続けたことが、結果的に「日本の植物学の父」と呼ばれるほどの大仕事を成し遂げた、と富太郎は断言しています。続けて、富太郎は若者に向けた言葉として以下のようなメッセージを残しています。
「青年は是非酒と煙草をやめて欲しい。人間は健康が大切である。われらは出来るだけ健康に長生きをし、与えられたる使命を重んじ、その大事業を完成しなければならぬ。身心の健全は若い時に養わなければならぬ」
酒蔵の後継者の立場に生まれながら、お酒とは無縁の甘党人生を送った牧野富太郎。そうした彼の信念や生き方が、「らんまん」の万太郎にも投影されているようです。