【スカーレット】ジョージ富士川 モデルは岡本太郎か 信楽名誉町民

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NHK連続テレビ小説「スカーレット」に登場する世界的芸術家・ジョージ富士川(西川貴教)が、あの岡本太郎をモデル(モチーフ)としている可能性がありますので、両者の類似点、岡本太郎と信楽の関わりなどをまとめます。

世界的芸術家・ジョージ富士川 信楽焼に新しい風

NHKが発表しているジョージ富士川の人物像は以下の通り(引用)。

フランスの美術学校に留学経験を持つ。こてこての大阪ことばが特徴で、口癖は「自由は不自由やで!」。喜美子とは、大阪での出会いは一瞬だったが、信楽で思いがけない再会を果たす。信楽に新しい風を吹きこむ。

生命感みなぎる荒々しい抽象画や、爆発的な躍動感を感じる立体オブジェなど、ほとばしる情熱が表現されているジョージ富士川の作品世界。「自由は不自由やで!」というジョージの決めゼリフは大衆の心をつかみ、やがて信楽のやきものの世界にも新しい風を吹かせていくことになります。

それって岡本太郎では…

①フランスに留学経験を持ち、②キャッチーな決めゼリフがあり、③信楽と深い関わりを持つ世界的芸術家…。これらの条件にピタリと当てはまるのが、「芸術は爆発だ!」で知られる岡本太郎です。

岡本太郎は信楽のやきものと深い縁を持ち、「信楽名誉町民」になったことで知られます。

▼岡本太郎と信楽の深い縁。平成23年には信楽町陶芸の森産業展示館において「岡本太郎と信楽展」が開催されています。

「なんだこれは!」縄文土器、そして太陽の塔へ

東京国立博物館で縄文土器に出会い、思わず「なんだこれは!」と叫んだという岡本太郎。

この時の衝撃は生涯に渡り彼の作品に影響を与え続け、後に「太陽の塔(黒い太陽)」など信楽で作られる数々の作品にも結実しています。

岡本太郎と信楽 陶板レリーフ・壁画を多数制作

岡本太郎と信楽との関係は、1960年代頃から始まったようです。時代の要請により外装タイルやレリーフなどの大型タイル生産にも進出し、造形や色彩表現などで進化を遂げていた信楽焼が、新しい表現を求めていた岡本太郎と出会ったのです。

信楽にある「近江化学陶器」で作品を作るようになった岡本太郎は、東京五輪会場である国立代々木競技場の陶板レリーフ(1964年)、大阪万博「太陽の塔」の背面レリーフ(黒い太陽・1970年)JR岡山駅の陶板壁画「躍進」(1972年に設置、2019年に山陽放送新社屋に移設)、大塚製薬ハイゼットタワーの陶板壁画「いのち躍る」(1983年)など、生涯を通じて15の作品を信楽で制作しています。

近江化学陶器は、ヒロイン喜美子のモデルとされる陶芸家・神山清子さんの陶房「寸越窯(ずんごえがま)」のごくごくご近所(滋賀県甲賀市信楽町勅旨)にあります。(※近江化学陶器は神山清子さんが18歳の時に就職した会社との説もありますが、事実関係は未確認です。)

滋賀の若き陶芸家が太郎の薫陶を受ける

「太陽の塔・黒い太陽」の制作現場では、共同制作者として現場に立ち会った陶芸家の小嶋太郎氏をはじめ、巨匠・岡本太郎のもとに陶芸を学ぶ滋賀の若者たちが集いました。そこで陶芸や建築、アートなどの融合を学び、岡本太郎の薫陶を受けた若者たちは、滋賀を代表する陶芸家となっていき、第一線で活躍を見せています。

「スカーレット」のジョージ富士川は岡本太郎同様に、信楽焼に魅せられ、信楽の若き陶芸家たちに大きな影響を与えていくのではないかと予想します。

ただし、岡本太郎は神奈川生まれであり大阪弁は話しませんでしたので、ジョージ富士川のキャラクター自体はかなりのオリジナル要素が入っていそうです。 

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