【エール】老舗呉服屋「喜多一」 モデルは福島市大町にあった「喜多三」(古関裕而生家)

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NHK連続テレビ小説「エール」に登場する主人公の生家・古山家が営む老舗呉服屋「喜多一(きたいち)呉服店」についてまとめます。

モデルとなっているのは、作曲家・古関裕而の生家が営んでいた呉服問屋「喜多三(きたさん)」です。どこにあったのか、などもまとめます。

県内有数の老舗呉服屋「喜多一」

まずは「エール」劇中に登場する「喜多一」のまとめから。

明治42年(1909年)。福島の老舗呉服屋「喜多一呉服店」に待望の長男・古山裕一が生まれます。

裕一の父・古山三郎(唐沢寿明)は、「喜多一」の4代目店主。古山家の三男坊だった三郎は店を継ぐことはないだろうと考えていましたが、二人の兄が相次いで亡くなったことで店を継いでいます。こうした経緯もあり、三郎は子供たちには好きな道を歩んで欲しいと願っているようです。

「喜多一」は、福島県内でも指折りの老舗呉服屋です。裕一はその跡取り息子として「運命」のようなものを背負って生まれたと言えます。

「喜多一」にはベテラン番頭で店のことを誰よりも知る大河原隆彦(菅原大吉)、呉服職人で店の将来を案じている店員・桑田博人(清水伸)、後継者の行く末にヤキモキする店員・及川志津雄(田中偉登)らの従業員がいます。

当然ながら長男の裕一が音楽に興じていることを良く思わない人もおり、裕一が簡単に音楽の道へと進めるわけではなさそうです。また、裕一の弟・浩二(佐久本宝)が徐々に経営が傾き始める「喜多一」を立て直そうと奮闘するなど、古山家の家族模様も描かれていきそうです。

モデルは「喜多三」 どこにあった?

▼「喜多三呉服店」があった福島市大町4丁目4番地(レンガ通り)付近。「福島市名誉市民・古関裕而生誕の地 記念碑」がある。銀行などのビルが立ち並ぶオフィス街で、福島駅からも近い。

劇中に登場する「喜多一」のモデルは、主人公・古山裕一のモデル人物である作曲家・古関裕而の生家が営んでいた呉服問屋「喜多三呉服店」がモデルになっています。

※生家の向かいには通りを挟んで魚屋があり、そこが後に作詞家として古関裕而の盟友となる野村俊夫(劇中では村野鉄男として登場)の実家でした。

「喜多三」は、福島市大町の目抜き通り(旧大町三番地)にあった県内有数の老舗でした。

古関裕而が生まれた明治末期、店には番頭・小僧が十数人おり、「ナショナル金銭登録機(レジスター)」を店頭に備え付けるほど繁盛していたとか。※参考:「エール」劇中で、父・三郎が長男誕生の喜びのあまり奮発してレジスターを買ってしまうという描写が登場します。

古関裕而の父・三郎次は、店の使用人のために当時としては珍しい蓄音機を購入し、空いた時間には浪花節など様々なレコードをかけていたそうです。裕而少年は、知らずしらずのうちに多様な音楽に親しんでいたわけです。

▼福島県福島市大町4-4の「福島市名誉市民・古関裕而生誕の地 記念碑」。現在のSMBC日興証券・福島支店付近。

 

「喜多三」倒産 実家が困窮

家業を継ぐべく旧制福島商業学校(現・福島商業高等学校)に進学した古関裕而でしたが、少年時代に目覚めた音楽活動(この当時はハーモニカ合奏)にますますのめり込んでいきます。

しかし、福島商業在学中に「喜多三」は倒産。裕福だった小関家の家計は苦しくなり、「喜多三の跡取り息子」と目されていた古関裕而は、母方の伯父・武藤茂平が経営する「川俣銀行」(現在の東邦銀行川俣支店)に就職することになります。

家に金銭的余裕がなくなったことは、後に上京して日本コロムビアの専属作曲家になっていく古関裕而の人生に少なからぬ影響を与えていきます。

「エール」劇中でも家業の「喜多一」がやがて倒産し、裕一は伯父の経営する銀行に就職。やがて音楽家になることを決意し、上京することになります。その際、兄の行動に反発を覚える弟の浩二が地元福島に残って奮闘することになります。

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