「ちむどんどん」オーナー・大城房子の家族関係を整理 「賢三の叔母」なのに妹しかいない?房子には姉が居た説も

NHK連続テレビ小説「ちむどんどん」第9週の放送で、暢子の父・賢三の「叔母」であることが判明した大城房子。

ところが、6月9日(木)の第44回では房子には「たった一人の妹」しかいなかったことが判明しており、視聴者の間で混乱が広がっています。この記事では、これまで劇中で語られた大城房子、比嘉賢三の家族関係などを整理してみます。

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房子が賢三の叔母だと知る暢子

レストラン「アッラ・フォンターナ」の取材記事が掲載された雑誌を読み、オーナーの大城房子(原田美枝子)が「賢三の叔母」であることに気がついた優子(仲間由紀恵)。この叔母=房子こそが、賢三が亡くなった際に手紙を寄越し、比嘉家4兄妹のうちの一人を預かると申し出てきた「東京の親戚」だったのです。

房子が自身の「大叔母(=父の叔母)」にあたる存在だと知り心が軽くなる暢子(黒島結菜)でしたが、その後、房子の過去に関する新情報を知ることになります。

おでん屋の主人・我孫子ヨシ(大島蓉子)と屋台で居合わせた平良三郎(片岡鶴太郎)によると、房子は戦前に両親を亡くし、「(残された)たった一人の家族」だった妹も空襲で失ってしまったとのこと。

房子が今も大切にしている古い白黒写真には、おでん屋台の前にいる若き日の房子(桜井ユキ)とセーラー服を着た妹の智子(花岡すみれ)らしき人物が写っています。写真に写る房子の年齢から、恐らく戦争が激化する少し前に撮影されたものなのでしょう。
(6月10日追記)空襲当時、房子の妹は暢子(20歳)と同じ年格好だったとのこと。

▼闇市時代の房子を演じた俳優・桜井ユキは、現在35歳。当時の房子も30代という設定でしょうか。だとすると、暢子と出会った1972年当時の房子は60代前半くらい?

ん?賢三の「叔母」なのに…?

この房子と智子姉妹の昔話を聞いて、「ん?」と首を傾げた視聴者も多かったようです。

これまでの字幕放送などから、房子は賢三にとっての「叔母(=父または母の妹)」であることが確定しています。「伯母(=父または母の姉)」ではありません。

常識的に考えれば、房子は「賢三の父または母の妹(つまり房子には姉がいた?)、または「賢三の父または母の弟の妻(この場合、房子は賢三の「義理の叔母」にあたる)という可能性が考えられます。

「(戦争当時)妹が房子のたった一人の家族だった」という我孫子ヨシらの証言や、「房子に旦那や子供はいない」という劇中での話と食い違いが生じますね。

少しややこしいので、これまでの放送や公式ガイドブックなどから判明している房子や賢三の情報をまとめておきます。

【房子について】
賢三の叔母
・沖縄二世
・包丁一本でいくつもの店を始めて、戦後の闇市で伝説となった人物
戦前に両親を亡くし、空襲でたった一人の妹・智子(20歳前後)も亡くしている
結婚をせずに一人で生き抜く覚悟をした潔い女性(※ガイドブックより)
・終戦直後は(鶴見の?)闇市でおでん屋をしていた?
・一膳飯屋から和食や中華、洋食などさまざまな料理を経験した後、本場イタリアで修行
・帰国後、銀座に自分の店を開いた
・成功したら沖縄県人会から抜けた「人でなし」「金の亡者」と言われている
・年齢不詳?

【賢三について】
・房子の甥っ子にあたるらしい
・戦争中は中国を転々としていた
・復員後は親戚(=房子?)が闇市で食堂をやっていたため、横浜・鶴見にいた(※第1週より)
・山原村に比嘉賢吉、和恵という叔父夫婦がいる
・両親については言及されていない
・妻の優子は近親者を那覇空襲で亡くしている?

【推測】房子は本当は叔母ではないのでは…?

ネット上では、NHKや脚本家が「叔母」と「伯母」の表記を間違えているのでは?という声も挙がっています。

もし房子が賢三の「伯母(=父または母の姉)」だった場合、セーラー服を着ていた房子の妹・智子が賢三の母ということになります。

房子によれば(6月10日放送・第45回)、妹の智子は空襲当時に今の暢子と同じ20歳前後とのことであり、賢三がすでに戦時中に青年兵(?)として大陸を駆け回っていたことを考えると、智子は賢三の母としては若すぎます。

以下、現時点で考えられる房子と賢三の関係性を思いつくままに推測してみます。

・可能性①…房子は語りたがらないが、房子には遠い昔に亡くなった年の離れた姉(=賢三の実母)が居た?姉が戦前に若くして亡くなり、息子の賢三は夫側の比嘉家に引き取られたが、戦後の混乱の中で(父を失った?)賢三は母方の大城家(=叔母の房子)に一時的にお世話になっていたのでは…?このストーリーであれば、「戦争当時の房子の生きていた家族」=「(残された)たった一人の妹」と言えます。劇中で「姉はいない」とは一言も言っていませんから、ちょっとしたトリックですね。

・可能性②…①と同じパターンで、房子には若くして亡くなった兄がいた?兄(大城姓)が比嘉家に婿入りして賢三が生まれたが、兄が戦前に若くして亡くなり…以下、①と同じ流れ。

・可能性③…「叔母」というのは嘘で、房子が賢三の実の母だった?房子はある事情で賢三を育てることが出来ず、幼い賢三を誰かに託した?闇市当時の房子の若さ(30代?)を考えると、少し無理がありそうですね。

・可能性④…身寄りがなかった少年時代の賢三を大城家が引き取り、賢三と房子は年の離れた姉弟のように育った?房子の両親が亡くなった後には、房子が賢三の親代わりとなった?房子には「母」「姉」と名乗るのが憚られるような事情があり、「賢三の叔母」を名乗っている?

・可能性⑤…房子には実は結婚歴があり、元夫が賢三の両親の弟だった?

・可能性⑥…空襲で房子と生き別れたという妹・智子が、実は優子である説(トンデモ説)

うーん、何が何やら。考えてもわかりませんね。「可能性①」であれば筋道は通っている気もしますが…。

この「叔母」「たった一人の妹」という言葉に何かしらのトリックが隠されていると予想しますので、もう少しストーリーに進展があれば追記予定です。

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