「らんまん」ドイツ留学から帰国した細田晃助(渋谷謙人) モデルは植物学者の三好学(+白井光太郎)か

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NHK連続テレビ小説「らんまん」に登場する植物学者・細田晃助(渋谷謙人)についてまとめます。

劇中の描かれ方から、細田晃助は牧野富太郎とも親交があった植物学者・三好学(みよし・まなぶ)がモデルの一人となっている可能性があります。

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目次

植物学教室の学生から助教授に 細田晃助

細田晃助(ほそだ・こうすけ)が初登場したのは、第7週・第32回のこと。上京して東京大学の植物学教室に出入りを許された万太郎(神木隆之介)は、同教室に所属する4年生だった細田と教室で初めて対面しています。

モジャモジャ頭で気だるそうな雰囲気を出していた細田。顕微鏡で観察するための試薬「ヨード沃化カリ」の在庫をしきりに気にするなど、当時から化学分野への興味が強かったようです。

当初は学歴もない万太郎のことを相手にしていなかったようですが、やがて万太郎の情熱にほだされたのか、細田は万太郎たちが創刊させた「植物学雑誌」の第1号に「苔蘇発生実検記」という論文を寄稿しています。

※史実では、「植物学雑誌」創刊号に寄稿された論文「苔蘇発生実検記」は植物学教室出身の白井光太郎(しらい・みつたろう)が書いています。後述しますが、細田の人物設定と白井光太郎の経歴はいまひとつ一致しません。

その後、第14週・第66回ではナレーション(語り)により細田が大学を卒業したことが告げられています。

卒業後の細田の足取りは劇中で触れられていなかったかと思いますが、第22週・第107回では細田が留学先のドイツから戻り、帝国大学理科大学の助教授に就任。顕微鏡を駆使して植物の奥の世界を解き明かす最新の学問・植物生理学を教室に導入していく様子が描かれます。

細田の帰国と助教授就任により、それまで助教授を務めていた大窪昭三郎(今野浩喜)ははじき出され、非職となって大学を去ってしまいます。

植物学教室は、ドイツから植物解剖学を持ち帰った徳永教授(田中哲司)、同じく植物生理学を持ち帰った細田助教授の新体制のもと、田邊色を排除した研究が行われていきそうです。

▼すっかりドイツかぶれをして帰ってきた細田。演じる渋谷謙人(しぶや・けんと)は神奈川県出身の35歳の俳優。朝ドラ「ひよっこ」で佐久間由衣演じる助川時子の兄・助川豊作役を演じたほか、大河ドラマ「いだてん」「青天を衝け」など多数の作品に出演を続けるバイプレイヤー。

モデルは三好学か ドイツから植物生理学を持ち帰る

「らんまん」に登場している細田晃助は、日本の植物学の基礎を築いた一人である植物学者・三好学(みよし・まなぶ)がモデルの一人になっている可能性があります。

東京帝国大学理学部生物学科の学生として植物学教室に在籍した三好学は、同じ時期に教室への出入りを許可されていた牧野富太郎(万太郎のモデル人物)と仲良しだったようです。富太郎は、しばしば一緒に採集に出かけた三好学のことを「もちもちとした人付き合いの悪い男だった」と自叙伝で語っています。

美濃国岩村藩士の子として生まれ、石川県第三師範学校、東京帝国大学理学部などで学んだ三好学。大学院在学中の1891年(明治22年)にはドイツに留学し、ライプチヒ大学で最新の植物生理学を学んでいます。

帰国後の1895年(明治28年)には東京帝国大学の教授に就任。これに押し出される形で、矢田部良吉教授(田邊教授のモデル)のもとで長年助教授を務めていた大久保三郎(大窪昭三郎のモデル)は非職となり大学を去っています。

★細田晃助=三好学+白井光太郎か

植物学教室で牧野富太郎と同じ時を過ごし、ドイツ留学で植物生理学を学んだ後に帰国し、帝国大学の教授職に就いたことにより玉突きで大久保三郎が非職になっている…。このような人物像からみて、三好学が「らんまん」の細田晃助のモデルの一人と考えられます。

また、前述した白井光太郎も牧野富太郎と同時期に植物学教室に在籍して交流がありましたが、植物病理学が専門であること、帝国大学農科大学(現在の東京大学農学部)の助教授に就任した時期がちょうど富太郎が教室を追放された時期だったことなど、細田晃助とは経歴が異なるように思います。とはいえ、「植物学雑誌」創刊号に論文「苔蘇発生実検記」を寄稿しているので、こちらも細田晃助のモデルの一人と考えて良さそうです。

「桜博士」と呼ばれた三好学 「景観」という言葉を生み出した

東京帝国大学の教授に就任した後、長年に渡り植物学の研究を続けた三好学。特に桜やハナショウブの研究においては第一人者として知られ、「桜博士」の異名をとったそうです。

また、当時は日本に根づいていなかった「天然記念物」という概念を広め、希少植物の保護活動にも邁進。ドイツの学術用語である「Landschaft(ラントシャフト)」の概念・意味を汲み取って「景観」と訳したのも三好学だとされ、日本の植物学、地理学の分野に財産を残しています。

牧野富太郎は、東京博物館の桜井氏という人物から送られた美濃・恵那山付近で採集した標品に対し、美濃出身の友人・三好学にちなんで「ミヨシア・サクライ・マキノ」なる学名を付けたとか。※後にマレーに同族のものがあると判明し、「ペトライア・ミヨシア・サクライイ・マキノ」に改名。

こうしたエピソードも、牧野富太郎と三好学の関係性をあらわしていますね。

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