【エール】ちょいちょい〜「ちょいぽい戀唄 第二」の作曲依頼

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NHK連続テレビ小説「エール」で、裕一が廿日市から作曲依頼を受ける「ちょいぽい戀唄(恋唄) 第二」についてまとめます。

「わたし ちょいちょい〜」 廿日市からの作曲依頼

「コロンブスレコード」に専属作曲家として採用された古山裕一の契約内容は、年俸3,500円で月に二曲を作曲してもらうというもの。

裕一はさっそくディレクター・廿日市誉から作曲依頼を受けることになります。「ちょいぽい戀唄 第二(ちょいぽいこいうた・だいに)」はこの時に渡される詞です。

劇中では、木枯正人が「ちょいちょい〜ちょいちょい〜」とギター片手に「ちょいぽい戀唄」にメロディを付ける様子も描かれます。

題名:ちょいぽい戀唄(恋唄) 第二
作詞:上原幸太郎

歌詞:
満月照らす街並みを歩けば 落ちる影ふたつ
影ではあなたと 重なり合うけど
付かず離れず 離れず付かず
わたし ちょいちょい 愛してるったら
愛してる

自分の能力を見せつけようと意気込んで作曲を開始する裕一ですが、廿日市からダメ出しを喰らい続け、なかなか曲を採用してもらえません。売れ線の流行歌を求める廿日市のニーズと、クラシック音楽で身を立てたい裕一の野心が噛み合わないのです。

ドラマオリジナルの詞か?

劇中に登場する「ちょいぽい戀唄 第二」に関する資料はどうやら「史実」では見当たらず、恐らく「エール」劇中のオリジナルの詞ではないかと考えられます。

古山裕一のモデルである古関裕而は、昭和5年秋に日本コロンビアの専属作曲家となり、新婚の妻・金子と上京しています。ところが日本コロンビアからは一向に連絡が来ず、不況が叫ばれる不安の中で、契約金を切り崩しながら翌年を迎えています。

この間、古関裕而は早稲田大学応援団からの依頼で早稲田の応援歌「紺碧の空」を作曲。昭和6年5月にようやく日本コロンビアから二曲の作曲依頼(流行歌)が届くと、「福島行進曲」「福島夜曲(せれなあで)」を提出し、作曲家人生をスタートさせています。

古関裕而は上京当初クラシック作曲家として身を立てたいと考えていましたが、実家の経済的困窮もあってクラシック曲ばかりは書いていられず、生活のために日本コロンビアで流行歌を手がけざるを得ない状況になっています。

「エール」では、「紺碧の空」「福島行進曲」そして初のヒット曲となる「船頭可愛や」を作曲する前段階として、裕一が廿日市から二十一曲連続不採用のダメ出しを食らうという、オリジナルの辛酸エピソードが描かれます。

クラシックを志す「野心家」裕一の鼻っ柱を廿日市がへし折り、少しづつ流行作曲家へと導いていく…。そうしたエピソードの発端として、「ちょいぽい戀唄 第二」の作曲シーンが描かれそうです。

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