朝ドラ「エール」に登場する音楽・楽曲、歌まとめ(古関裕而、古賀政男、クラシック曲ほか)

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NHK連続テレビ小説「エール」に登場が予想される音楽、歌をまとめます。多くは主人公・古山裕一のモデル人物である作曲家・古関裕而が作曲したものです。

この記事は、ドラマの進捗にあわせて随時追記していく予定です。また、ドラマのオリジナル楽曲と思われるものには曲名の頭に「※」マークを付けています。

「エール」主題歌、劇中歌

主題歌「星影のエール」(GReeeeN)

ドラマのお膝元・福島で結成された男性4人組ボーカルグループ「GReeeeN」による主題歌。

劇中歌、劇伴「自分へのエール」

作曲・瀬川英史、指揮・広上淳一、演奏・NHK交響楽団による「エール」の劇伴、テーマ曲。ドラマの要所要所で繰り返し流れる音楽。

第3話の運動会・徒競走のシーンで、藤堂先生の指揮によるハーモニカ演奏で裕一を励ました曲でもある。

※劇中に登場する多くの「古山裕一作曲のオリジナル曲」も、劇中音楽を担当する瀬川英史が作っていると考えられます。

さくらさくら(作者不明)

第1回(3月30日放送)で登場。東京五輪開会式で流される曲を作曲しようと苦悶する裕一が、庭で掃除をしながら音が歌う「さくらさくら」を聞き、旋律をひらめくシーンで登場。

オリンピック・マーチ(1964年・古関裕而作曲)

第1回(3月30日放送)、東京五輪の開会式シーンで登場か。

▷「オリンピック・マーチ」は、東京五輪開会式のための行進曲として古関裕而が作曲。

▼「オリンピックマーチ」「栄冠は君に輝く」「船頭可愛や」「長崎の鐘」ほか、古関裕而の名曲の数々を網羅した大全集。Amazon ページ上で視聴ができます(各曲45秒前後)。

長崎の鐘(1949年・古関裕而作曲)

第1回(3月30日放送)で言及。東京五輪開会式に尻込みする古山裕一に対し、長崎出身の警備員(萩原聖人)が裕一の曲「長崎の鐘」を称賛。裕一の背中を後押しする。

▷「長崎の鐘」は、原爆により甚大な被害を受けた長崎、そして敗戦で傷ついた日本に向けて古関裕而が書き下ろした鎮魂歌。作詞はサトウハチロー、歌は藤山一郎。「エール」の物語後半でも、古山裕一が敗戦国日本を思い「長崎の鐘」を作曲する場面が描かれるかも。

威風堂々(エルガー作曲)

第2回(3月31日放送)に登場。自宅の蓄音機で聞くために父が買ってきた舶来品のレコード「威風堂々」(第1番 ニ長調)を聞いた裕一。そのメロディに裕一はまたたく間に吸い寄せられ、夢中で音楽に聞き入る。

▷「威風堂々」は、イギリスの作曲・エルガー(1857-1934)が作曲した管弦楽のための行進曲集。

天国と地獄 序曲/地獄のオルフェ(ジャック・オッフェンバック作曲)

第3回(4月1日放送)に登場。魚治の村野善治から早く走る方法を伝授された三郎が、裕一と一緒に家でかけっこの練習をする時に流れていた曲。運動会の定番ソング。

▷「天国と地獄」は、フランスで活躍した作曲家・オッフェンバックの代表的なオペレッタで、「地獄のオルフェ」の別題。

かなりや(成田為三作曲)

第4回(4月2日放送)に登場。5年生になり藤堂先生が担任となった裕一は、授業で童謡「かなりや」を歌う。「歌を忘れたかなりやは〜」の歌詞でおなじみ。

▷児童文学雑誌「赤い鳥」に掲載された詩「童謡」の中で、初めてメロディを付けた形で発表された「かなりや」。作詞は西條八十、作曲は成田為三。

弦楽セレナーデ (チャイコフスキー作曲)

第4回(4月2日放送)に登場。父・三郎が新しく買ってきたレコードのひとつ。嬉しそうに聞く裕一。

▷弦楽セレナーデは、ロシアの作曲家・チャイコフスキーの代表曲のひとつ。

讃美歌312番「いつくしみ深き」(賛美歌)

第4回(4月2日放送)に登場。母に連れられて川俣町にやったきた裕一は、教会で少女(音)が歌う美しい賛美歌「いつくしみ深き」を聞く。

▷讃美歌312番「いつくしみ深き」は、結婚式などで歌われる定番の賛美歌。作詞はアイルランド人・ジョセフ・スクライヴェン  (1819-1886)。

※北原白秋の詩(古山裕一のオリジナル曲?)

第4回(4月2日放送)に登場。藤堂先生から北原白秋の詩にメロディをつける課題を出された裕一が、教室の黒板に一気に書き上げた曲。「♪ながるるみづは いっしんに ひかりみなぎり おどりゆく〜」。裕一が初めて音楽の才能を見いだされた、オリジナル曲(?)。

※浮世小路行進曲(古山裕一のオリジナル曲?)

第6回(4月6日放送)に登場。乃木大将・村野鉄男の詩に裕一が詩をつけて完成した、二人の初めてのコラボ曲。曲の完成を待たずに、村の一家は夜逃げをしてしまう。「♪そらにかかれし まんげつのー」という歌詞。古山裕一のオリジナル曲と思われる。

O mio Babbino Caro – 私のお父さん(ジャコモ・プッチーニ作曲)

第7回(4月7日放送)に登場。11歳の関内音が、豊橋の教会に来ていた世界的オペラ歌手・双浦環(柴咲コウ)が歌う「O mio Babbino Caro」に心を奪われる場面が描かれる。

▷「O mio Babbino Caro(私のお父さん)」は、イタリアの作曲家・ジャコモ・プッチーニ(1858-1924)作曲のオペラ歌劇「ジャンニ・スキッキ」で歌われるアリア。

詳しくは…
【エール】柴咲コウ(双浦環)が教会で歌うオペラ曲「私のお父さん(O mio babbino caro)」

組曲・くるみ割り人形(チャイコフスキー作曲)

第8回(4月8日放送)で登場。梅のリクエストにより、安隆・光子夫妻が子供たちの前で踊ったダンス曲。三姉妹が楽しそうに「くるみ割り人形」を歌った。

▷組曲「くるみ割り人形」は、ロシアの作曲家・ピョートル・チャイコフスキーの作曲したバレエ音楽で、この楽曲を使用した2幕3場のバレエ作品は、チャイコフスキーの三大バレエの一つとされる。

おぼろ月夜(童謡)

第10回(4月10日放送)で登場。小学校の学芸会の出し物「竹取物語」で、主役・かぐや姫に扮した音が歌った曲。亡き父・安隆を想い、涙をこらえて歌った。

▷朧月夜(おぼろ月夜)は、1914年(大正3年)「尋常小学唱歌 第六学年用」に初出。「♪菜の花畠に入り日薄れ」の歌詞でおなじみ。

カルメン幻想曲(サラサーテ作曲)

第11回(4月13日放送)で登場。裕一がハーモニカ倶楽部の練習でみんなと一緒に吹く曲。

▷「カルメン幻想曲」は、スペイン出身の作曲家パブロ・デ・サラサーテが1883年に作曲したヴァイオリンと管弦楽のための幻想曲。ハーモニカ倶楽部で演奏していたのは、曲の冒頭部分。

カルメン/前奏曲(ビゼー作曲)

第12回(4月14日放送)、第13回(4月15日放送)で登場。裕一が公演会に向け、ハーモニカ倶楽部のみんなと練習で吹いた曲。 定期演奏会でも披露された。

▷「カルメン」は、フランスの作曲家・ビゼーが作曲したオペラ。裕一たちが吹いたのは「カルメン」第1幕への前奏曲。

皇帝円舞曲(ヨハン・シュトラウス2世作曲)

第13回(4月15日放送)登場。裕一が所属する「福島ハーモニカ倶楽部」が、定期演奏会で最初に披露した曲。これに続いて「カルメン 前奏曲」も披露。

▷「皇帝円舞曲」は、ウィーンを中心に活躍した作曲家・指揮者のヨハン・シュトラウス2世作曲のウィンナ・ワルツ。「美しく青きドナウ」「ウィーンの森の物語」と並び、シュトラウス2世の「三大ワルツ」の一つとされる。

※想ひ出の径(古山裕一のオリジナル曲?)

第13回(4月15日放送)登場。「福島ハーモニカ倶楽部」の定期演奏会で披露された、裕一のオリジナル曲。ハーモニカ倶楽部会長・舘林とのコンペを勝ち抜いて採用された裕一の苦心の一曲。裕一は舘林から指揮者に指名される。

▷1932(昭和7年)に作曲・古関裕而、作詞・西岡水郎、歌・淡谷のり子による「想ひ出の径」という曲が作られており、この曲がモデルか?

おおスザンナ(フォスター作)

第16回(4月20日放送)登場。失恋に落ち込み続ける裕一を元気づけようと、松坂寛太がハーモニカで吹いた曲。この曲を聞いた後、裕一は一年ぶりに笑顔を見せた。

▷「おおスザンナ」は、アメリカの作曲家スティーブン・フォスターの作詞、作曲によるミンストレルソング。白人、黒人音楽が融合した、いかにも「アメリカらしい」曲として有名。

voi che sapete / 恋とはどんなものか(モーツァルト作曲)

第16回(4月20日放送)登場。関内音が、御手洗先生の指導で歌っていた曲。二階堂ふみにとって「エール」での初の歌唱シーン。

「voi che sapete(恋とはどんなものか)」は、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト作曲のオペラ・ブッファ「フィガロの結婚」のアリア。

【エール・4月20日】関内音(二階堂ふみ)が歌った曲はモーツァルト「voi che sapete / 恋とはどんなものか」

竹取物語(1929年・古関裕而作曲)

第4週で登場か。英国の国際コンクールに応募するため、銀行に勤めていた裕一が初めて書き上げた交響曲。この曲で上位入賞の快挙を成し遂げたことをキッカケに、裕一は最愛の人・関内音と出会う。

▷「竹取物語」は、川俣銀行に勤めていた古関裕而が英国・チェスター楽譜出版社募集の作曲コンクールに応募するために書き上げた管弦楽のための舞踊組曲。この曲で日本人初の国際的作曲コンクール入賞を果たした古関裕而の快挙は新聞記事となり、遠く豊橋にいた声楽家志望の女性・内山金子の心を動かすことに。

【エール】「竹取物語」で英国の国際作曲コンクール入賞 古関裕而の快挙(チェスター社コンクール入賞)がモデル

Plaisir d’Amour / 愛の喜び(ジャン・ポール・マルティーニ作曲)

第19回(4月23日放送)で登場。御手洗先生とのレッスンで音が歌っていた歌。裕一から手紙の返事が来ず落ち込む音の不甲斐ない歌い方に、たまらず御手洗がストップを掛ける。

「Plaisir d’Amour / 愛の喜び」は、フランスの作曲家ジャン・ポール・マルティーニが18世紀に作曲した歌。原語はフランス語だが、イタリア語の歌詞で歌われる場合も多い。エルヴィス・プレスリーの不朽の名曲「Can’t Help Falling in Love(好きにならずにいられない)」の元曲とされる。

君はるか(1930年・古関裕而作曲)

第19回(4月23日放送)で登場。音と文通をはじめた裕一が、音のために作曲した曲。元の詩「君はるか」は妹・梅が選んだもので、「君を思えばはるかなり 浪のかなたをはるかなり」という内容。

▷福島市の古関裕而記念館による調べによれば、1930年(昭和5年)に古関裕而作曲、内山金子作詞により「君はるか」が作られたとあります。しかし、ドラマにも登場した「君を思えばはるかなり 浪のかなたをはるかなり〜」(詩のタイトル:君はるか)は、童謡「てるてる坊主」の作詞などで知られる浅原鏡村による短い詩。内山金子がこの詩を文通相手の古関裕而に送り、すぐさま古関裕而が曲をつけて金子に送ったというドラマ同様のエピソードが残るそうです。

※当初、当ブログでは「君はるか」はドラマのオリジナル曲ではないかと書きましたが、記事を読んだ方から曲は実在するとの情報をいただきました。ありがとうございます。

※いびき(古山裕一オリジナル曲?)

第24回(4月30日放送)、第25回(5月1日放送)で登場。で登場。豊橋・関内家でグォーグォーと眠る父・三郎の姿を見て閃いた、裕一のオリジナル曲。楽譜を見たミュージック・ティーチャー御手洗がピアノで弾くと、「最高!公演会のプログラムに入れましょう」と絶賛。公演会の最後から二曲目の演目に。

※晩秋の頃(古山裕一オリジナル曲?)

第25回(5月1日放送)で登場。裕一の豊橋での公演会の最後に披露した曲。作曲を裕一が、作詞を梅が行い、音が歌った。亡くなった安隆に捧げる歌で、小説家を目指す梅にとっては、自分の作品が初めて世に披露されたという記念すべき一曲。

その後、安隆に聞かせるために音が豊橋の海で歌った。

【エール・5月1日】音が歌った曲「晩秋の頃」 作曲・古山裕一 作詞・関内梅

アイーダ 凱旋行進曲(ジュゼッペ・ヴェルディ作曲)

第26回(5月4日放送)のオープニングシーンで登場。音との結婚の約束をし、意気揚々と福島へ帰ってきた裕一。街の人が裕一の賞金額を噂する横で颯爽と歩く裕一のBGMとしてかかっていた曲。

▷「アイーダ 凱旋行進曲」は、ジュゼッペ・ヴェルディが作曲したオペラ「アイーダ」第2幕第2場に登場する曲。日本代表などサッカーの応援歌としても知られ、アイーダトランペット(ファンファーレ・トランペット)と呼ばれるトランペットの音色が印象的。

歌の翼に(メンデルスゾーン)

第27回(5月5日放送)に登場。裕一からの手紙が来ずに落ち込む音が、水辺の公園で練習した歌。恋の悩みもありいい声がでない音に対し、ベンチに腰掛けていた「謎の男」(山崎育三郎)が背筋を伸ばして歌うことを指導。みるみる声が出るようになる。

▷「歌の翼に」は、ドイツの作家、詩人ハインリヒ・ハイネの詩「歌の本」にある詩を、同じくドイツのロマン派の作曲家フェリックス・メンデルスゾーンが作曲した歌曲。

ペール・ギュント/朝(エドヴァルド・グリーグ作曲)

第29回(5月7日放送)の冒頭シーンに流れた。鈴木廉平(松尾諭)の結婚報告で盛り上がる川俣銀行メンバーたちの会話シーンのBGMとして登場。

▷戯曲「ペール・ギュント」のためにノルウェーの作曲家エドヴァルド・グリーグが作曲した劇付随音楽「ペール・ギュント」。第4幕「朝(朝の気分=Morning Mood)」はその中の一曲で、清々しい朝の空気を表現した定番のメロディとして広く知られる。

※ちょいぽい戀唄第二(ドラマオリジナル?)

第7週以降に登場予定。コロンブスレコードの専属作曲家となった裕一が、廿日市誉から作曲を依頼される詞。「わたしちょいちょい〜愛してるったら愛してる」という歌詞。

ドラマオリジナルの詞か(未確認)。

【エール】ちょいちょい〜「ちょいぽい戀唄 第二」の作曲依頼

歌劇「ドン・ジョバンニ」お手をどうぞ(モーツァルト作曲)

第32回(5月12日放送)に登場。東京帝国音楽学校の新入生の授業に乱入したプリンス・佐藤久志が、夏目千鶴子を指名して一緒に歌った曲。音たちの度肝を抜く素晴らしい歌声。

▷モーツァルトによるオペラ「ドン・ジョバンニ」の第一幕で歌われる歌。これから結婚しようとしている村の娘・ツェルリーナを、放蕩貴族・ドン・ジョヴァンニが自分の屋敷に誘うシーンで歌われる。

【エール・5月12日】オペラ「ドン・ジョバンニ」お手をどうぞ(モーツァルト) プリンスと夏目千鶴子が歌う

影を慕いて(古賀政男作曲)

第33回(5月13日放送)に登場。コロンブスレコードで初めてレコード化された木枯正人の曲。当初はA面の予定だったが、「なんか地味だし」という廿日市の意見によりB面となってしまい木枯は不満を募らせる。その後、行きつけのカフェーパピヨンでママから歌を催促された木枯は、ギター片手に「影を慕いて」を歌っている。第50回(5月22日放送)では木枯の他曲のヒットを受けてA面での再発売が決定。

▷「影を慕いて」は、昭和6年に日本ビクターから発売された古賀政男の初期作品。流行歌手・佐藤千夜子によって歌われた(古賀政男作曲「日本橋から」のB面曲)。その後、ビクターのライバル会社・日本コロンビアに曲が見いだされ、改めて藤山一郎の歌により再リリースされている。

【エール・5月13日】木枯正人(野田洋次郎)がカフェーで歌った「影を慕いて」 古賀政男の初期作品

オペラ「椿姫」乾杯の歌ほか(ジュゼッペ・ヴェルディ作曲)

第35回(5月15日放送)などに登場。東京帝国音楽学校に入学した音は、オペラの記念公演「椿姫」の主役を目指し、ライバル・夏目千鶴子と競い合うことになる。選考会では「椿姫」の乾杯の歌が歌われ、千鶴子の美声が響いた。

▷「椿姫」は、イタリア・ロマン派音楽の作曲家ジュゼッペ・ヴェルディが1853年に発表したオペラ(歌劇)。

【エール・5月15日】「椿姫・乾杯の歌」千鶴子と音が選考会で歌った曲

Vaga luna, che inargenti / 優雅な月よ(ベッリーニ作曲)

第36回(5月18日放送)に登場。音楽学校でピアノを弾きながら、久志が麗しく歌った曲。女子生徒たちがその歌声に歓声をあげていると、早稲田大学応援部の団員たちがズカズカと乱入。女子生徒たちの声がたちまち悲鳴に変わった。

▷「Vaga luna, che inargenti」は、シチリア島生まれの作曲家ヴィンチェンツォ・ベッリーニによる歌曲で、「3つの室内アリエッタ」の第3曲。イタリア南部・島育ちのベッリーニらしい(?)、甘く優しいメロディに酔いしれます。表題は、日本では「優雅な月よ」などと訳されます。

※記事を読んだ方から曲名を教えていただきました。ありがとうございます。

紺碧の空(1931年・古関裕而作曲)

第8週で登場。慶應義塾大学に対抗するため、早稲田大学応援部団長の田中隆が裕一に対し作曲を依頼したことで生まれる「紺碧の空」(早稲田大学応援歌)。

▷「紺碧の空」は、1931年に古関裕而が作曲した早稲田大学の応援歌。日本コロムビアの専属歌手となり上京したもののくすぶっていた古関裕而が、伊藤久男の従兄弟で早稲田応援団の幹部の一人・伊藤茂の依頼により「紺碧の空」を書き上げた。作詞は全早大生から募集し、高等部在籍の住治男の作品が選ばれた。

【エール】「紺碧の空」早稲田大学応援部団長・田中隆 俳優・三浦貴大は三浦友和・百恵の次男

ベルガマスク組曲「月の光」(ドビュッシー作曲)

第41回(5月25日放送)に登場。音楽学校の特別講師となった双浦環が、学校のピアノで弾いていた曲。美しい音色に生徒たちもうっとり。

▷「月の光」は、フランスの作曲家クロード・ドビュッシーが作曲したピアノ独奏曲「ベルガマスク組曲」の第3曲。ドビュッシーの数ある作品の中でも最も有名な曲のひとつ。1890年ごろの作曲とされる。

福島行進曲(1931年・古関裕而作曲、野村俊夫作詞)

第9週で登場。恋に悩む盟友・村野鉄男が書き上げた歌詞を見て、裕一が一晩で作曲。プロデューサーの廿日市に認められレコード化が決定し、裕一はようやくプロの作曲家としてデビューする。

▷1931年、契約時にもらったお金も尽きかけていた古関裕而が書いた新民謡の曲「福島行進曲」。古関のすすめで福島民友新聞社を退社し上京していた野村俊夫が作詞を担当。二人が初めてタッグを組んだ曲だった。歌は天野喜久代。

【エール】「福島行進曲」 古関裕而・野村俊夫のデビュー作品 歌詞は福島の「ご当地ソング」

▼「古関裕而初期作品集」に収録されている「福島行進曲(歌・天野喜久代)」の貴重な音源。アルバムはほかに「福島夜曲」「船頭可愛や」「紺碧の空」「大阪タイガースの歌」なども収録。リンク先・Amazon「古関裕而初期作品集」商品ページ内でアルバム全曲視聴(約30秒)ができます

▼「古関裕而初期作品集」はamazon music unlimitedの対象作品。

歌劇「椿姫」乾杯の歌ほか(ヴェルディ作曲)

第10週前後に登場。音楽学校で演じる舞台「椿姫」の主役に抜擢された音が歌う曲として登場。

▷「椿姫」は、イタリアのロマン派音楽の作曲家・ジュゼッペ・ヴェルディが1853年に発表したオペラ。

酒は涙か溜息か(1931年・古賀政男作曲、藤山一郎歌)

第10週で登場か。コロンブスレコードの同期・木枯正人のヒット曲。作詞は高梨一太郎。

▷「酒は涙か溜息か」(1931年。作曲・古賀政男、作詞・高橋掬太郎、歌・藤山一郎)は、80万枚の売上を記録した昭和歌謡のヒット曲。日本で最初にクルーナー唱法を取り入れた作品としても知られる。古賀、高橋、藤山にとって出世作となる。

交響曲第5番/運命(ベートーベン)

第47回(6月2日)に登場。「船頭可愛や」が採用されるものの、これがヒットしなければ契約解除だと宣告された裕一。会社のサロンにあるベートーヴェンの胸像を前に「運命、運命!」と祈ると、BGMとしてじゃじゃじゃーんと「運命」が流れた。

▷日本では「運命」として親しまれる、ベートーヴェン作曲「交響曲第5番」。1808年12月にオーストリア・ウィーンの「アン・デア・ウィーン」劇場で「交響曲第6番」として初演されている。※現在の「交響曲第6番・田園」は、「第5番」として同じ演奏会で初演されている。

船頭可愛や(1935年・古関裕而作曲、音丸、三浦環歌)

第10週で登場。「酒は涙か溜息か」を作詞した高梨一太郎からのオファーにより、裕一が作曲した「船頭可愛や」。当初はヒットしなかったが(歌手・藤丸=井上希美が歌う)、世界的オペラ歌手の双浦環が歌うことが決まり、大ヒット作となる。

第64回(6月25日)の放送では、コロンブスレコードの最終オーディションで御手洗清太郎が歌っている。

▷1935年に発売され大ヒットとなった古関裕而の代表曲の一つ「船頭可愛や」(作詞・高橋掬太郎、歌・音丸)。後に世界的オペラ歌手・三浦環もレコードに吹き込んだ名曲。

【エール】藤丸(井上希美)が歌う「船頭可愛や」 歌手・音丸がモデル

※男のやせ我慢??(木枯正人のオリジナル即興歌か)

第51回(6月8日)に登場。鉄男のおでん屋台で福島への帰郷をためらう裕一を茶化し、木枯が即興で歌った「帰りたいのに帰らない〜男のやせ我慢〜♪」という曲。木枯を演じる野田洋次郎の美声が響くと、酔っ払っている藤丸も「名曲ねえ」と称賛。

ドラマ劇中、木枯正人のオリジナル曲と考えられます。

※福島吾妻尋常小学校校歌(古山裕一のオリジナル曲?)

第11週に登場か。恩師・藤堂清晴先生からの依頼で作曲した、福島の小学校の校歌。娘の誕生に浮かれる裕一が、音と一緒に作曲した。この曲の完成披露会をキッカケにして、裕一は久しぶりの里帰りをすることになる。

古関裕而が恩師・遠藤喜美治の母校である福島・要田小学校の校歌を作曲したエピソードがモチーフと考えられます。
【エール】裕一が作曲する校歌(福島吾妻尋常小学校)モデルは?古関裕而が作曲した校歌もまとめます

蝶々夫人/ある晴れた日に(ジャコモ・プッチーニ作曲)

第59回(6月18日)に登場。双浦環の若きパリの日々を描くスピンオフ回の冒頭BGMなどとして用いられている。環は友人の里子から日本を舞台にしたオペラ作品「蝶々夫人」のことを聞き、チャンスを掴むことになる。

▷「ある晴れた日に」は、イタリアの作曲家ジャコモ・プッチーニによるオペラ作品「蝶々夫人」 第2幕のアリア(旋律的な独唱歌)。双浦環のモデル・三浦環はプッチーニの「蝶々夫人」を十八番とする国際的なオペラ歌手として知られた。「蝶々夫人」は、日本の長崎を舞台に没落藩士の令嬢・「蝶々さん」とアメリカ海軍士官との恋の悲劇を描いた作品。日本民謡やアメリカ国歌なども取り入れられた名作。

トスカ/歌に生き、愛に生き(ジャコモ・プッチーニ作曲)

第59回(6月18日)に登場。友人・里子からプッチーニ「蝶々夫人」の存在を聞いた環は、自宅でプッチーニのオペラ作品「トスカ」のアリア「歌に生き、愛に生き」のレコードをかける。

▷「歌に生き、愛に生き」は、プッチーニの代表的なオペラ作品「トスカ」第2幕で歌われるアリア。「トスカ」は、脱獄した政治犯を助けたために死刑を宣告された画家・カヴァラドッシと、彼を助けようとする恋人の有名歌手・トスカとの悲しい恋の物語。

大阪タイガースの歌=六甲颪(古関裕而作曲)

第61回(6月22日)に登場。コロンブスレコードに所属して5年になる裕一が、打倒巨人軍に燃えるプロ野球球団「大阪タイガース」のために作曲した球団歌。完成したレコードが掛田寅男(掛布雅之)らタイガース関係者に手渡されると、関係者らは楽しそうに「六甲おろし」を歌った。

▷「大阪タイガースの歌」は、作詞・佐藤惣之助、作曲・古関裕而による1936年(昭和11年)の作品。現在も「六甲おろし」「阪神タイガースの歌」としてファンに愛される不朽の名曲。

リゴレット/女心の歌(ヴェルディ作曲)

第61回(6月22日)に登場。音楽学校を卒業後にくすぶっている久志が、裕一、鉄男とともに流しの歌手として居酒屋に乱入し、得意げに歌ってしまったオペラ。場違いな選曲に対し、客からは「うるせー!ひっこんでろ」と罵倒されてしまう。

▷「女心の歌」は、イタリアの作曲家ジュゼッペ・ヴェルディ作曲のオペラ「リゴレット」第3幕に流れるアリア。マントヴァ公爵(テノール)によって歌われる。

輝く春(古関裕而作曲)

第61回(6月22日)に詞が登場。コロンブスレコードがオーディションを行う新人歌手のデビュー曲として、裕一が作曲を依頼される曲。裕一はオーディションに参加する久志が歌うことを期待し、熱を入れて作曲を行う。

▷「輝く春」は、1936年(昭和11年)に古関裕而により作曲された曲。作詞は久保田宵二が担当し、流行歌手の松平晃が歌った。

故郷(岡野貞一作曲)

第62回(6月23日)に登場。離れて暮らす実母を懐かしむ少年時代の久志が、藤堂先生と一緒に歌った曲。久志は生まれて始めて大きな声で歌を歌ったことで心のモヤモヤが晴れ、この経験が歌手を志すキッカケとなった。

▷「故郷(ふるさと)」は、高野辰之作詞・岡野貞一作曲による文部省唱歌。1914年(大正3年)に尋常小学唱歌として発表されている。「兎追いし彼の山」の歌詞でおなじみ。

ミス仙台(1931年・古関裕而作曲)

第63回(6月24日)に登場。コロンブスレコード・新人歌手募集の一次審査に合格した久志が歌う曲目をみんなで屋台で考えている時に、藤丸が歌った曲。「ミス仙台(仙臺)」に関しては、第61回(6月22日)放送の冒頭で完成したレコードを仙台三人娘にわたすシーンも描かれている。

▷「ミス仙台」は1936年(昭和11年)に古関裕而により作曲された新民謡、ご当地ソングで、詞は西条八十、歌は二葉あき子。「森の都の花乙女」という歌詞により「杜の都仙台」のイメージを広めたことで知られる。戦後はコロムビア・ローズ、島倉千代子らが歌い、現在も仙台七夕の定番BGMとして親しまれている。古関裕而は同時期に「ミス秋田」(歌:二葉あき子)、「ミス東北」(歌:音丸)といった曲も作っている。

【エール】藤丸が屋台で歌った「ミス仙台」 古関裕而作曲の新民謡

東京ラプソディ(1931年・古賀政男作曲、藤山一郎歌)

第64回(6月25日)に登場。コロンブスレコード・新人歌手募集の最終オーディションで、帝都ラジオ会長の御曹司・寅田熊次郎(坪根悠仁)が歌った曲。

▷「東京ラプソディ」は古賀政男により作曲された、昭和モダン末期の東京を歌った昭和歌謡。藤山一郎の歌唱により、1936年(昭和11年)にリリースされた。

鉄道唱歌(明治時代・多梅稚、上真行ほか作曲)

第64回(6月25日)に登場。コロンブスレコード・新人歌手募集の最終オーディションで、駅員の岡島敦(徳永ゆうき)が歌った曲。演歌歌手で鉄道マニアである徳永ゆうきが、得意の駅員モノマネも披露。

▷「鉄道唱歌」は、明治時代に作られた唱歌。東海道篇(全66番)をはじめ、山陽・九州編、山陽・九州篇、奥州・磐城篇、北陸篇、関西・参宮・南海篇、北海道篇と、全国各地の鉄道を歌ったものがある。徳永ゆうきが歌ったのは「汽笛一声新橋を」でおなじみの第1集東海道編・第1番の歌詞。

東京行進曲(1929年・中山晋平作曲)

第64回(6月25日)に登場。コロンブスレコード・新人歌手募集の最終オーディションで、七十三歳になるというダンディな男性・林喜一(宮路オサム)が歌った曲。

▷「東京行進曲」は作詞・西條八十、作曲・中山晋平、歌・佐藤千夜子により1929年(昭和4年)リリースされた歌謡曲。映画「東京行進曲」の主題歌であり、日本の映画主題歌(映画とのタイアップ曲)の第1号とされる。

ソーラン節(作曲者不明)

第64回(6月25日)に登場。コロンブスレコード・新人歌手募集の最終オーディションで、民謡歌いの青年・水川ながし(彩青)が歌った曲。

▷「ソーラン節」は北海道民謡の代表曲。「にしん来たかと かもめに問えば」の歌詞でおなじみ。

丘を越えて(1931年・古賀政男作曲、藤山一郎歌)

第64回(6月25日)に登場。コロンブスレコード・新人歌手募集の最終オーディションでで佐藤久志(山崎育三郎)が歌った。劇中では木枯正人の作曲という扱い。

▷「丘を越えて」(作曲・古賀政男、作詞・島田芳文、歌・藤山一郎)は、1931年発売のヒット曲。新興キネマ制作の映画『姉』の主題歌。もともとは古賀政男が「ピクニック」というタイトルで明治大学マンドリン倶楽部のマンドリン合奏曲として作曲したもの。現在も多くの歌手によって歌い継がれる名曲。

【エール】木枯正人の「丘を越えて」 作曲・古賀政男、歌・藤山一郎による昭和のヒット曲

露營の歌(1937年・古関裕而作曲)

第71回(9月21日)に登場。裕一が作曲し、久志が歌った戦争歌謡。前線で戦う兵士たちが愛する曲として大ヒットし、裕一は時の人に。

▷「露営の歌」は、1937年にコロンビアレコードから発売され大ヒットした軍歌。新聞社の公募により京都市役所勤務の籔内喜一郎の歌詞が採用された(勝って来るぞと勇ましく〜の歌詞で有名)、これを北原白秋や菊池寛らが「露営の歌」と命名。古関裕而が作曲し、中野忠晴、松平晃、伊藤久男らが歌った。

【エール】佐藤久志が歌う「露営の歌」【勝ってくるぞと勇ましく】

チューリップ(1932年・井上武士作曲)

第71回(9月21日)に登場。「露営の歌」がヒットし家にオルガンがやってくると、近所の子供たちがオルガン目当てで家に集まるように。音は童謡「チューリップ」を弾き、子どもたちが楽しそうに歌う。

▷童謡「チューリップ」は、近藤宮子作詞、井上武士作曲。「咲いた咲いたチューリップの花が」の歌詞で知られる、国民的愛唱歌。

暁に祈る(1940年・古関裕而作曲、野村俊夫作詞、伊藤久男歌)

裕一、久志、鉄男の福島三羽烏がタッグを組んで作り上げる戦時歌謡。兵士たちの望郷の念と家族への情愛を歌っており、兵隊の見送りで歌われることに。

▷「暁に祈る」は、1940年の松竹大船映画による同名映画の主題歌。映画は軍馬の宣伝も兼ねており、前線の夫と銃後の妻の姿が描かれた。作曲・古関裕而、作詞・野村俊夫、歌・伊藤久男という福島三羽烏による楽曲。

▼古関裕而の戦時の名曲「暁に祈る」「露営の歌」「愛国の花」などが、Amazon music unlimited(30日間無料お試し期間あり)で聴き放題です。

若鷲の歌(1943年・古関裕而作曲)

予科練習生の成長を描く映画の主題歌として、裕一が作曲する軍歌。国のために命をかけると語る少年飛行兵たちによって歌われる。

▷「若鷲の歌」は予科練生の成長を描いた戦意高揚映画「決戦の大空へ」の主題歌で、別名「予科練の歌」。作詞担当の西条八十と作曲担当の古関裕而が土浦海軍航空隊に一日入隊し、その体験をもとに作られた。ヒット曲。

愛国行進曲(1937年・瀬戸口藤吉作曲)

音楽挺身隊に参加した音たちが歌う国家的愛唱歌。指導教官に「音楽は軍需品なんです」と言われ、疑問を呈する音。

▷「愛国行進曲」は、戦前に閣議決定された国民精神総動員の方針のもと「国民が永遠に愛唱すべき国民歌」として作られた曲。作詞は森川幸雄、作曲は瀬戸口藤吉。 「金甌無欠 揺ぎなき(きんおうむけつ ゆるぎなき) 我が日本の誇なれ〜」という歌詞で知られる。

とんがり帽子(1947年・古関裕而作曲)

戦後、戦争孤児を元気づけるために裕一が作曲。NHK連続ラジオドラマ「鐘の鳴る丘」主題歌として広く愛される曲になる。

▷「とんがり帽子」は、1947年から3年間放送されたNHK連続ラジオドラマ「鐘の鳴る丘」の主題歌。「鐘の鳴る丘」は、「浮浪児」と呼ばれた戦災孤児たちをテーマとしてドラマで、戦争で傷ついた国民に広く愛される作品となった。

長崎の鐘(1949年・古関裕而作曲、藤山一郎歌)

裕一が作曲し、山藤太郎が歌った楽曲。戦禍に巻き込まれた人々を励ます、平和の祈りをこめた歌。

▷「長崎の鐘」は、長崎医科大学(現長崎大学医学部)の助教授だった永井隆が自身の被爆体験をもとに執筆した随筆「長崎の鐘」をモチーフに、サトウハチロー作詞、古関裕而作曲により楽曲化された。歌は藤山一郎。古関裕而の戦後の代表曲のひとつ。

栄冠は君に輝く(1949年・古関裕而作曲、藤山一郎歌)

戦後、従軍記者・大倉憲三のオファーを受けて裕一が作曲するスポーツ行進曲。長女・華が高校球児に恋をするというサイドストーリーとも関係していきそう。

▷「栄冠は君に輝く」は、現在も夏の高校野球(甲子園)の行進曲として愛される古関裕而の代表曲。試合中の怪我による骨髄炎のために右足切断を余儀無くされた元高校球児・加賀大介の詞が公募により選ばれた。

▼その他、登場するかもしれない古関裕而の名曲

高原列車は行く
スポーツショー行進曲(NHKスポーツ番組のオープニングテーマ)
闘魂こめて
モスラの歌 ザ・ピーナッツ
放浪記

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