NHK連続テレビ小説「らんまん」第17週のサブタイトルは「ムジナモ」。万太郎は東京近郊の大きな池で偶然にこの水生植物を見つけると、それがまだ日本では発見されたことがない食虫植物であることを知ります。
このムジナモという植物は、1890年(明治23年)に牧野富太郎が発見したことで知られます。ムジナモという命名の由来や発見場所、現在の生息地などをまとめます。
「らんまん」万太郎、大きな池で偶然ムジナモを発見
万太郎はある日、長屋の住人・ゆう(山谷花純)に誘われて倉木(大東駿介)、福治(池田鉄洋)とともに東京の近郊に出掛けます。
その道中で大きな池を見つけた万太郎は、大興奮で植物採集を開始。倉木の肩に乗って柳の実を採集していた万太郎は、バランスを崩して池に落ちそうになりますが、そこで偶然にも不思議な水生植物(ムジナモ)を見つけます。
さっそくこの水生植物を植物学教室に持ち込んだ万太郎。田邊教授(要潤)は、それが日本でまだ発見されていない食虫植物であることを指摘し、すぐに論文と植物図を書いて世界に向けて報告するように命令します。
万太郎が田邊に認められたい一心でこの植物の研究を開始すると、この水生植物は突然開花する姿を見せてくれて…。
▼後述しますが、ムジナモは今も細々と日本国内で生き続けています。「最後の自生地」になっていたさいたま水族館・羽生水郷公園では、生き残ったムジナモが大切に育まれています。
今日も、咲いていたんです(/・ω・)/ムジナモの花#さいたま水族館 #ムジナモ #ムジナモの花 #食虫植物 pic.twitter.com/fIAHPUAnUK
— さいたま水族館・羽生水郷公園【公式】 (@saitamaaqua) July 20, 2023
牧野富太郎とムジナモ
ムジナモは、モウセンゴケ科ムジナモ属に属する多年草の水生植物です。二枚貝のような捕虫器官になっている葉を持ち、ミジンコなどの動物プランクトンを捕食する食虫植物です。
17世紀末にインドで初めて発見されると、それ以降、欧州各地やオーストラリア、アフリカなどで広く発見されており、日本では1890年(明治23年)に牧野富太郎が発見したことで知られます。
富太郎の自叙伝には、自身の採集記を掘り起こす形でムジナモ発見の経緯などが記されています。
それによると、富太郎は1890年(明治23年)5月11日にヤナギの実の標本を採ろうとして一人で東京近郊の「南葛飾郡小岩村伊予田」の江戸川土手に足を運んでいます。
富太郎が江戸川の土堤内の用水池でヤナギの実を採ろうと奮闘していると、ふと水面に異形な植物が浮いているのを発見。さっそくこれを大学に持ち帰り植物学教室の皆に見せたところ、矢田部良吉教授(「らんまん」田邊教授のモデル)は書物の中に思い当たるものがあると発言。それが世界的に珍しく日本では未発見だった珍奇な食虫植物であることを知ります。
※南葛飾郡にあった「伊予田」という地名(旧伊予田村)は、現在の東京都江戸川区北小岩1丁目、3丁目、4丁目、それに東小岩3丁目、6丁目付近にあたるようです。ちょうど東京都と千葉県を分ける江戸川の右岸地域であり、現在のJR総武線や京成本線の高架が架かる一帯です。こんな東京近郊で世界的にも珍しいムジナモが発見されたんですね。
ムジナモ 命名由来はタヌキ(アナグマ)の尻尾
富太郎はこの不思議な植物の和名を「ムジナモ」と命名し、詳細な図解を付した上で「植物学雑誌」に発表しています。
※「ムジナモ」という名前は、アナグマ(地方によってはタヌキ、ハクビシン)を意味する「ムジナ(貉、狢)」が由来。この水生植物の形態がタヌキの尻尾のように見えたことから、富太郎は当初「タヌキモ」と命名しようとしたそうですが、すでに「タヌキモ」という植物が存在したため「ムジナモ」と付けたんだとか。
※この「タヌキ」と「ムジナ」の区別には議論があるようで、1924年(大正13年)には狩猟法違反事件の刑事裁判においてタヌキとムジナは同じ動物なのかを争う事例も発生しています(「たぬき・むじな事件」)。
富太郎はちょうどムジナモの研究時期と前後して矢田部教授から植物学教室の出入りを禁止されており、このムジナモの写生図・解剖図を駒場の農科大学で描いています。
ヨーロッパではムジナモの開花が見られなかったようで、富太郎が描いた写生図・解剖図のうち花などの部分を描いたものはドイツの植物書などに転載され、牧野富太郎の名を世界に広めています。※このムジナモの論文と植物画の発表が、富太郎の植物学教室出禁の一因になったとする説もあります。
富太郎にとってムジナモの発見は大変思い出深いものだったようです。富太郎は後年の自伝において「時々思い出しては忘れもしない ムジナモなる世界的珍奇な水草を わが日本で最初に発見した物語り」と綴っています。
次々に絶滅したムジナモ 2022年に石川県で自生地発見
▼「最後の自生地」となっていた埼玉県の宝蔵寺沼(羽生水郷公園 ムジナモ自生地)。
かつては希少ながらも世界各地に自生していたムジナモですが、その後の近代化、干拓、水質汚染などにより各地で次々に減少、絶滅。現在は自然環境下での自生地は世界で50カ所程度になっているとのこと。
牧野富太郎の発見以来、日本国内でも茨城県の霞ヶ浦や長野県の信濃川流域、京都府の巨椋池など複数の場所でムジナモが発見されましたが、各地で次々に絶滅。最後に残っていた自生地である埼玉県羽生市の宝蔵寺沼(1966年、ムジナモ自生地として国の天然記念物に指定)でも、1967年に絶滅が確認されています。
しかし、2022年に石川県内の農業用ため池(植生保護のために具体的な場所は非公表)において、人為的に導入されたものではないムジナモが新たに発見されています。
このため池では最近になり周辺の樹林の間伐が行われ、日照条件の変化などにより長年眠っていたムジナモの種子の発芽が促された可能性があるとのことです。
これ以前の国内では、消失する前に自生地から移植・育成されていたムジナモの個体を再導入した人為的な個体群が、埼玉県内と奈良県内の2箇所に存在するのみでした。石川県内で発見された新たなムジナモ自生地は、国内唯一の「人為導入に由来しないと推測されるムジナモ個体群」として手厚く保護されていきそうです。
「宝蔵寺沼ムジナモ自生地」があり、ムジナモの保存に努力している埼玉県羽生市では、文化財パネル展「ムジナモと牧野富太郎」を開催しています。会場や日程などの詳細は、羽生市のHPをご覧ください。牧野富太郎博士は、ムジナモを国内で発見し、細かく図解した図を『植物学雑誌』などに掲載しました。 pic.twitter.com/jDqlSs9Fnd
— 練馬区立牧野記念庭園 (@makinoteienJP) July 24, 2023