NHK連続テレビ小説「風、薫る」第19週では、新潟の坂塚村で赤痢の防疫に参加したりんと直美が「柳生藤次(やぎゅう・とうじ)」という男性と出会う様子が描かれます。
人気俳優の中村倫也が演じる役柄とあり、放送前から注目が集まる柳生藤次。今後のあらすじなどからその人物像やキャラクター設定、モデルになっている可能性がある人物をまとめてみます。
東京から来た赤痢患者・柳生藤次
▼朝ドラは「風のハルカ」(神崎由起夫役)、「半分、青い。」(朝井正人役)、「ブギウギ」(沼袋勉役)に続く出演となる中村倫也。
📺#朝ドラ 【#風薫る】
— 朝ドラ「風、薫る」公式 (@asadora_nhk) May 1, 2026
\新たな出演者発表 第8弾!/
【新潟で出会う患者】
柳生藤次(やぎゅう・とうじ) / #中村倫也
りんと直美が新潟で出会う患者。後にふたりの大きな壁となる。 pic.twitter.com/oTISQcbHPD
放送前の時点で「名前がカッコよすぎる」「患者なのに色気がだだ漏れ」などと大きな注目が集まっている柳生藤次。人気俳優の中村倫也が演じるとあって、物語上重要なキャラクターになると予想されます。
NHKから事前に公表されている柳生藤次の人物紹介、中村倫也のコメントは以下の通りです。
【柳生藤次の人物紹介】
りんと直美が新潟で出会う患者。後にふたりの大きな壁となる。
【中村倫也のコメント】
あの頃。「医療従事者に感謝を」という言葉が日本中で溢れていました。
あれから。いつか彼ら、彼女らの奮闘を描く物語に参加することができたら。たくさんの「ありがとう」を感じられる作品に出会えたら。そんな想いから、今作への出演を決意しました。
演じる柳生という男は、「社会全体の利益」という視点をもたらす存在だと聞いています。
共に「社会」というものを、もう一度見つめ直すきっかけになれれば嬉しく思います。
黒川病院の黒川勝治(平埜生成)からの依頼により、新潟・坂塚村で集団発生した赤痢の防疫に協力することになったりん(見上愛)。
りんは黒川らとともに赤痢の集団感染が起きている村に向かうと、劣悪な環境にある避病院(実質的な隔離小屋)の衛生環境改善に着手します。※ちょうど高田に来ていた直美(上坂樹里)も途中から合流。
りんと直美は、この避病院で隔離されていた赤痢患者・柳生藤次(中村倫也)と出会うことになります。
東京から来たという柳生藤次は「お前がこの村に赤痢を持ち込んだんだ」と周囲から罵倒され、避病院の病室に入れずに廊下に放置されていました。
「このままでいい、ほっといてくれ!」
そう言って看病や治療を拒否する柳生藤次ですが、もちろんりんは患者を放っておけるわけがありません。柳生藤次は看護や衛生改善の甲斐もあり、次第に症状が回復していくようです。


【今後のネタバレ】正体は内務省衛生局の官僚 赤痢の調査で現地入り
病状が回復した後、柳生藤次は自らの正体をりんや直美に明かすことになります。
それによれば、柳生藤次は内務省衛生局で働いており、新潟に来て赤痢の現地調査をしている際に発症してしまったとのこと。
柳生藤次は、りんや直美が現場で行った防疫や衛生改善の仕事を「目覚ましい事例だったと上に報告する」と高く評価。直美はすかさず東京で派出看護婦会を運営していると自己紹介をし、柳生藤次との繋がりを確保することになります。
直美は恵風看護婦会の経営に苦しんでおり、利用できるものは利用しようという目論みもあるのかも知れませんね。

内務省衛生局長・後藤新平がモチーフの可能性?
▼「風、薫る」の原案本「明治のナイチンゲール 大関和物語」。「赤痢の村へ」の章では大関和が赤痢の防疫で大きな成果を上げた様子が詳しく描かれています。後藤新平も登場しています。
柳生藤次のキャラクター設定が、大関和(一ノ瀬りんモデル)と接点があった後藤新平(当時:内務省衛生局長)と一部重なる部分がありますので、その共通点などをまとめておきます。
▷後藤新平(1857-1929)は、明治から大正時代にかけて活躍した医師、官僚・政治家。鉄道院総裁、南満州鉄道総裁、台湾総督府民政長官、内務大臣、外務大臣、逓信大臣などを歴任し、台湾統治、国内の鉄道整備、関東大震災後の帝都復興計画などに関わったことで知られます。
★柳生藤次と後藤新平の共通点
・内務省衛生局で働く官僚
・衛生、検疫のプロフェッショナル
・一ノ瀬りん(大関和)の防疫知識などに一目置いている
・名前に「藤」の字が入っている
・後に一ノ瀬りん(大関和)と関わる
★柳生藤次と後藤新平の相違点
・ともに内務省衛生局で働くものの、柳生藤次は局長ではなさそう?
・後藤新平が新潟で赤痢に感染したという史実はなさそう
・後藤新平は大関和の「大きな壁」にはなっていない
現時点では、柳生藤次のモデルが後藤新平だと断言できるほどの材料はありません。
ただし、わざわざ柳生藤次が内務省衛生局の人物だという設定にしていることから、以下のような後藤新平と大関和のエピソードを引用したストーリーが、後々に柳生藤次絡みで描かれるかも知れません。
大関和と後藤新平の接点 看護婦規則の整備を直訴
一ノ瀬りんのモデル・大関和は、新潟・高田での5年半にわたる生活を切り上げると、帰京して盟友の鈴木雅(大家直美モデル)が立ち上げていた派出看護婦会「東京看護婦会」に合流しています。
すぐに「東京看護婦会のエース」となった大関和は、陸軍大臣だった児玉源太郎男爵の妻の看護に派遣されると、そこで児玉源太郎から仕事ぶりを絶賛され、ちょうど見舞いにやってきた内務省衛生局の後藤新平(大関和の1歳年上だった)を紹介されています。
医学校出身で「国家衛生原理」「衛生制度論」などの著作があった後藤新平は、新潟における赤痢の防疫で大きな経験と名声を得ていた大関和とその場で意気投合。二人は防疫に関する知見を交換し合ったそうです。
この束の間の縁は、後に伏線となって活かされることになります。
野良の低劣な看護婦(金儲けだけが目的のインチキ看護婦や、売春まがいのサービスを行う自称看護婦)が世にはびこるようになったことに危機感を抱いた大関和は、内務省衛生局に乗り込み、衛生局長の後藤新平に直談判。看護婦に一定の教育を課し、医師と同じような資格制度を整備することを訴えかけています。
後藤新平は、大関和の訴えと要望を承諾し準備が整い次第事案に取り掛かると約束しますが、これが「看護婦規則」という形となり公布されたのは4年後のことでした。当時の後藤新平は医師法の制定などでてんやわんやであり、「看護婦規則」の整備はずいぶんと後回しにされたようです。
看護と社会の関わりを問われる?
りんも直美も目の前の患者と向き合う仕事に邁進してきましたが、物語後半ではより広くこの国、社会にとって看護とはどうあるべきなのかという広い視野を問われていくことが予想されます。
そうした中で、内務省衛生局に務める柳生藤次がりんや直美に「社会全体の利益」という視点を与えてくれるものと予想します。