NHK連続テレビ小説「ブギウギ」は、ブギの女王として活躍した歌手・笠置シヅ子の人生をモチーフにした物語。ヒロインは歌と踊りと音楽に包まれる人生を送るため、劇中ではさまざまな楽曲が登場していきます。
この記事では、「ブギウギ」劇中に登場する楽曲、歌謡曲、レビューなどをまとめます。※この記事は随時追記、更新予定です。
東京ブギウギ(笠置シヅ子)
▼ドラマに登場した福来スズ子の歌の数々。Amazon Music Prime(30日間無料期間あり)では「福来スズ子傑作集」のアルバム全曲(センチメンタルダイナ、恋のステップ、ラッパと娘、東京ブギウギほか)が聴き放題で配信中です。
第1回(10月2日放送)の冒頭でいきなり登場。シングルマザーとなっていた福来スズ子(趣里)が舞台で歌った大ヒット曲「東京ブギウギ」。バックバンドの指揮は歌の師匠でありこの曲の作曲者でもある羽鳥善一(草彅剛)。
第19週以降、恋人・村山愛助を失ったスズ子が再起をかけて「東京ブギウギ」を歌う姿が描かれていく。
▷笠置シヅ子(笠置シズ子)の最大のヒット曲である「東京ブギウギ」。戦後間もない1947年(昭和22年)に発売。作曲は服部良一、作詞は鈴木勝(+池真理子)。ウキウキするような軽快なリズムに乗せて歌い踊る笠置シヅ子の姿が、戦後の暗い日本に明るく照らした。
▼「ブギウギ」に登場する笠置シヅ子の名曲がかなり網羅されているベスト盤。「東京ブギウギ」「買物ブギー」「ホームラン・ブギ」「恋のステップ」「ラッパと娘」「センチメンタル・ダイナ」「アイレ可愛や」などを収録。
恋はやさし野辺の花よ(愛唱歌、オペラ楽曲)
第1回(10月2日放送)などで登場。歌が得意な鈴子(澤井梨丘)が銭湯の常連客の前で披露する十八番「恋はやさし野辺の花よ」。USKの採用をお願いする際もこの歌を歌った。普段はお転婆な鈴子だが、この曲を歌う時はしっとり、しとやか。
また、第39回でも「恋はやさし野辺の花よ」が登場。死の間際にあったツヤの前で、スズ子(趣里)が涙を流しながら歌った。
▷「恋はやさし野辺の花よ」は、日本では浅草オペラの名曲などとして知られる愛唱歌、童謡。もともとは19世紀のオーストリアの作曲家 フランツ・フォン・スッペ(Franz von Suppé)が作曲したもので、オペレッタ「ボッカチオ」の主要曲「Hab’ ich nur deine Liebe」。大正から昭和にかけて活躍したオペラ歌手・田谷力三が「恋はやさし野辺の花よ」として歌い、日本でも広く愛されるようになった。朝ドラ「ひよっこ」でも女子寮コーラス部の課題曲として登場している。
故郷-ふるさと-(童謡)
第1回(10月2日放送)で登場。鈴子やタイ子が通う尋常小学校の音楽の授業で歌われた童謡「故郷(ふるさと)」。
▷1914年(大正3年)に尋常小学唱歌の第六学年用として発表された童謡。「兎追いし彼の山 小鮒釣りし彼の川」の出だしの歌詞で知られる。鈴子たちは尋常小学校の6年生なので、まさにこの「故郷」がドンピシャの課題曲。
梅は咲いたか(江戸端唄、お座敷歌)
第1回(10月2日放送)で登場。親友タイ子の母・海子(八田麻住)のもとで日本舞踊を習っている鈴子。タイ子とともにお座敷歌「梅は咲いたか」を舞い、海子に筋がいいと褒められる。
▷「梅は咲いたか」は、明治時代に流行した「しょんがえ節」を基にした江戸端唄、東京小唄。現在はお座敷歌として親しまれている。劇中で鈴子たちが踊っていたのは、1番の「山吹や浮気で 色ばっかり しょんがいな」の部分。歌詞には梅、桜、柳、山吹、浅蜊、蛤、鮑、サザエなどが登場し、春から初夏の季節の移ろいを感じられる。
船頭小唄(歌謡曲)
第2回(10月3日放送)で登場。銭湯「はな湯」を開業した5年前、初めての客としてやってきたアホのおっちゃんが入浴しながら歌っていた「♪おれは河原の枯れすすき〜」という歌。
▷1921年(大正10年)、民謡「枯れすすき」として野口雨情が作詞、中山晋平が作曲。翌年「船頭小唄」と改題され、女優・中山歌子が歌い、その後も多くの歌手がこの歌を歌った。1957年(昭和32年)には森繁久彌が映画「雨情物語」の主題歌として歌い大ヒット。/
れんげ摘もか(童歌)
第2回(10月3日放送)で登場。タイ子に余計な恋のお節介をしてしまったかもと悩む鈴子に対し、番台に座るツヤが歌った「♪れんげ摘もか〜たんぽぽ摘もか」という歌詞の童歌。小さい頃のスズ子はこの歌を歌うとご機嫌だったとか。
▷「れんげ摘もか」は日本各地に伝わる童歌(わらべうた)。地域によって歌詞がさまざま。
▼第2回では、12年前の回想シーンとして赤ちゃんを抱いたツヤが縁側で「れんげ摘もか」を歌うシーンも登場。その背後には中越典子演じるある女性の姿がありました。
証城寺の狸囃子(童謡)
第3回(10月4日放送)で登場。タイ子がクラスメイトの松岡に振られた帰り道、タイ子はスッキリしたのか鈴子と手を繋ぎ、二人でご機嫌で「証城寺の狸囃子」を歌った。
その後、進路に悩み始めた鈴子がお風呂で大声で歌ったのも「証城寺の狸囃子」。
▷「証城寺の狸囃子」は、詩人で童謡作詞家の野口雨情が作詞し、中山晋平が作曲した童謡。1924年(大正13年)に児童雑誌「金の星」に発表された。「しょ、しょ、しょじょじ〜(証城寺)」のキャッチーな出だしで知られる。
松の緑(長唄)
第4回(10月5日放送)で登場。鈴子が受験した花咲音楽学校の日本舞踊の課題曲「松の緑」。
早春賦(唱歌)
第4回(10月5日放送)で登場。鈴子が受験した花咲音楽学校の歌唱試験の課題曲「早春賦(そうしゅんふ)」。「♪春は名のみの 風の寒さや〜」の出だしでおなじみ。
▷「早春賦」は、1913年(大正2年)に発表された吉丸一昌作詞、中田章作曲の唱歌。長野県北部の大町、安曇野一帯の早春の風景を歌っている。
胡蝶の舞(レビュー)
第5回(10月6日放送)、第6回(10月9日放送)などで登場。
梅吉に連れられて道頓堀の劇場で初めて梅丸少女歌劇団(USK)の演目を見た鈴子。トップスター・大和礼子(蒼井優)らが歌い踊る「胡蝶の舞」を見た鈴子は、すっかりUSKに魅了されてしまう。
四季の宴(レビュー)
第10回(10月13日放送)で登場。福来スズ子、リリー白川、桜庭和希が「水の滴(みずのしずく)」としてデビューを飾った記念すべき演目。「♪めぐりめぐる季節を〜風はさわやかに吹き渡る〜」と妖精たちが四季の喜びを歌い上げる。
大阪音頭(盆踊り唄)
第12回(10月17日放送)などで登場。自分の強みがなにか分からず稽古場で大声で「大阪音頭」(♪はあ〜花の大阪よい港〜)を歌うスズ子。
大声で大阪音頭を歌うスズ子の歌声を聞いた大和礼子(蒼井優)は、「いつかあなたの武器になるかもしれないわね」とスズ子に声をかけることになる。
▷「大阪音頭」は作詞・伊東惣之助、作曲・佐々紅華による盆踊り曲。大都会・大阪の様子を歌っている。
愛のあいさつ(クラシック)
第16回(10月23日放送)で登場。ストライキに参加せずに稽古場でピアノの練習を続けていた股野が弾いていた曲「愛のあいさつ」。橘から信念がないことを「あんた、ホンマみっともないで」と指摘され、不甲斐なさを叩きつけるように「愛のあいさつ」を弾いた。
▷「愛のあいさつ」はイギリスの作曲家エドワード・エルガーが作曲した定番曲。電話の保留音としてもよく知られますね。
金毘羅船々(民謡)
第20回(10月27日放送)で登場。香川・次郎丸家の法事に出席した「USKのスター」スズ子が、次郎丸家の爺さん・和一に促されて踊った民謡「金毘羅船々(こんぴらふねぶね)」。「♪金毘羅船々〜追風(おいて)に帆かけて〜シュラシュシュシュ〜まわれば四国は讃州〜」と讃岐の風景を明るい調子で歌う。
▷「金毘羅船々」は、金毘羅大権現(金刀比羅宮)がある香川県仲多度郡琴平町などで歌われる香川県の民謡。金毘羅参りの中で唄われた道中唄であると伝わり、幕末頃から明治にかけて全国に広がったとされる。
アラビヤの唄(歌謡曲)
第21回(10月30日放送)で登場。香川から帰ったスズ子が久しぶりにUSKの稽古場に復帰し、朝から掃除をしながら大声で歌った歌「アラビヤの唄」。その歌声を聞いた林部長は「やっぱスズ子は歌かもしれへんなあ」「スズ子の歌は化けるかもしれん」と発言。
▷「アラビヤの唄」は、昭和初期を代表する歌手・二村定一(ふたむら・ていいち)の大ヒット曲。1927年(昭和2年)のアメリカの映画「受難者 (The Garden of Allah)」主題歌に音楽評論家の堀内敬三が訳詞をつけた和製ジャズの歌謡曲。
恋のステップ(笠置シヅ子)
第22回(10月31日放送)で登場。笠置シヅ子が歌った「恋のステップ」をモチーフとし、梅丸少女歌劇団(USK)の演目として登場。昭和12年(1937年)、スズ子が歌い秋山が踊る「恋のステップ」は「チェリオ」の掛け声とともに人気に。
「恋のステップ」は第6週などでも登場。東京の日帝劇場で旗揚げされる梅丸楽劇団(UGD)に参加するために上京したスズ子。そこでスズ子はあの「別れのブルース」の作曲者・羽鳥善一の紹介を受けると、善一から「恋のステップ」を歌うように促される。
▷笠置シヅ子の記念すべきレコードデビュー曲。まだOSSKに所属し三笠静子を名乗っていた1934年(昭和9年)、OSSK第一回記念公演「カイエ・ダムール」の主題歌としてシヅ子が歌った「恋のステップ」。日本コロムビアとのタイアップによりレコードも発売された。弾むようなリズムのポップソングで、曲中の掛け声「チェリオ!」がにぎやかで楽しい。
露営の歌(軍歌、戦時流行歌)
第22回(10月31日放送)で登場。昭和12年(1937年)、日本軍の南京攻略に湧く街頭やラジオから流れてきた流行歌「露営の歌」。「勝ってくるぞと勇ましく〜」の歌詞でお馴染み。
▷「露営の歌」は、1937年に作曲家・古関裕而(朝ドラ「エール」主人公のモデル)が作曲した流行歌。勇壮な歌詞ながら短調でもの悲しいメロディーで、出征する兵士はこの歌により見送られた。
別れのブルース(淡谷のり子)
第22回(10月31日放送)で初登場。USKの後輩・秋山美月(伊原六花)の踊りにばかり注目が行き、自身の歌がスルーされることにモヤモヤしていたスズ子。そんな折、ラジオから流れてきた「別れのブルース」(歌:茨田りつ子、作曲:羽鳥善一)を聞いて興味を持ったスズ子はすぐにこの曲のレコードを購入する。スズ子にとってこれが茨田りつ子、羽鳥善一とのファーストコンタクトとなる。
第33回(11月15日放送)では、松永に失恋したスズ子に追い打ちをかけるようにカフェのラジオから「別れのブルース」が流れた。
また、第66回(1月5日放送)では鹿児島の海軍基地の慰問公演において特攻隊員の前でりつ子が歌っている。歌唱後にこれで思い残すことはない、覚悟はできたと特攻隊員たちから感謝されてしまい、りつ子は心に大きな傷を残すことになる。
▷「別れのブルース」は、1937年(昭和12年)に発売された「ブルースの女王」淡谷のり子の代表曲(歌謡曲)。作曲は服部良一。淡谷のり子は日本コロムビア専属歌手で、笠置シヅ子の先輩にあたる。淡谷のり子は「ブギウギ」では茨田りつ子(菊地凛子)として登場。
秋の色種(長唄)
第24回(11月2日放送)で登場。芸者になったタイ子が常連客の前で踊っていた長唄「秋の色種(いろくさ)」。「♪うつし心に花の春〜」という歌詞とともに艶やかに踊った。
桜咲く国(レビュー)
第25回(11月3日放送)で登場。梅丸楽劇団に参加するために退団することになった福来スズ子、秋山美月の退団公演「桜乙女」で歌われたテーマソング「桜咲く国」。
▷「桜咲く国」といえば、USKのモデルとなっているOSK日本歌劇団で歌い継がれてきた定番曲、テーマソング。作曲者の松本四郎は、「ブギウギ」では林部長として登場。「ブギウギ」内で演じられる「桜咲く国」はあくまでOSKへのオマージュにとどめ、フィクションであるUSK流の革新的な舞台に仕立て上げているとのこと。
せっせっせ(手遊び歌)
第26回(11月6日放送)で登場。東京に上京したスズ子と秋山が、初日の夜に下宿の部屋で遊んだ手遊び歌。
その後、第35回(11月17日放送)でも再登場。東京を去ることが決まり様々な感情で眠れない秋山がスズ子に頼み込み、再びせっせっせを楽しんだ。思わず泣き出してしまうスズ子。
「せっせっせー。ひとつひよこは米の虫、タイロクナイナイ〜」という大阪独特?と思われる手遊び歌を行い、東京初日で落ち着かない気持ちをまぎらわせた。
ラッパと娘(笠置シヅ子)
第28回(11月8日放送)で初登場。
上京したばかりのスズ子の歌を聞いた羽鳥善一が、笑顔で渡した楽譜「ラッパと娘」。「バドジズデジドダー」の不思議な歌詞が印象的な和製ジャズ曲。この曲を用いて「楽しくなければジャズではない」と厳しく指導する善一だが、スズ子は今ひとつピンとこない。
その後、覚醒したスズ子が梅丸楽劇団の旗揚げ公演「スイング・タイム」で「ラッパと娘」を披露して大好評に。スズ子は「スイングの女王誕生」として新聞記事になる。
第121回(3月22日放送)では、年末の歌番組「男女歌合戦」で次世代のスター歌手・水城アユミがスズ子から許可をもらってこの曲を歌い、世代交代を印象付けた。
▷1939年(昭和14年)に発表された笠置シヅ子の曲「ラッパと娘」。笠置シヅ子が作曲家の服部良一と初めてタッグを組んだ曲として知られる。ビッグバンド編成のジャズ楽曲で、スウィングの女王・笠置シヅ子の才能が大きく開いた一曲でもある。
靴が鳴る(童謡)
第29回(11月9日放送)で登場。羽鳥善一と息子のカツオが銭湯の帰り道で歌っていた歌。「♪お手てつないで〜野道を行けば〜」の歌詞でおなじみの童謡。
センチメンタル・ダイナ(笠置シヅ子)
第7週以降にたびたび登場。日宝への移籍をそそのかされているスズ子のために、羽鳥善一と作詞家の藤村薫(宮本亜門)が作った新曲「センチメンタル・ダイナ」。
日宝への移籍騒動や松永への失恋を経たスズ子が、第35回(11月17日放送)の梅丸楽劇団の舞台で初披露。仕事や人生に悩む女性を歌ったブルース曲をスズ子が見事に歌い上げた。
会津磐梯山(民謡)
第43回(11月29日放送)で登場。飛び込みでスズ子に弟子入り志願をしてきた福島娘・小林小夜が昼間っから梅吉と酒を飲み、泥酔状態で歌っていた民謡「会津磐梯山」。♪散りてその名も〜エーマタ、白虎隊〜という郷土福島の歌詞に乗り、小夜がノリノリで踊っていた。
梅吉を見ていて欲しいという約束を守らず梅吉のダメっぷりを助長させた小夜に怒ったスズ子は、小夜を下宿から追い出してしまう。
蘇州夜曲(歌謡曲)
第44回(11月30日放送)で登場。戦争の時代に入り「三尺四方」の枠の中でしか歌うことしか出来なくなり悩むスズ子が、偶然カフェで聞いた流行歌「蘇州夜曲」。この流行歌の作曲者が師匠の羽鳥善一だと知ったスズ子は、この歌を歌わせて欲しいと羽鳥に直訴するが…。
▷「蘇州夜曲」は、1940年公開の李香蘭主演映画「支那の夜」の劇中歌として発表された歌謡曲。作曲は服部良一、作詞は西條八十。渡辺はま子・霧島昇による歌唱で日本コロムビアからリリース。後に美空ひばり、ジュディ・オング、都はるみら多数のアーティストによりカバーされた日本の歌謡史に残る名曲。
雨のブルース(淡谷のり子)
第49回(12月7日放送)で登場。福来スズ子と茨田りつ子の合同コンサート「銃後を鼓舞する大音楽会」でりつ子が一曲目に歌った持ち歌「雨のブルース」。渾身の生き様を見せて舞台を降りたりつ子は、「お先。」と言ってスズ子にバトンタッチ。
▷「雨のブルース」は、1938年に発表された淡谷のり子の代表曲の一つ。作曲は服部良一。
大空の弟(笠置シヅ子)
第49回(12月7日放送)で登場。南方の海に散った弟・六郎のことで頭が一杯で歌に身が入らないスズ子のために、羽鳥善一が書き上げた新曲「大空の弟」。茨田りつ子との合同コンサート「銃後を鼓舞する大音楽会」で初披露され、涙を流しながら歌い上げた。
第66回(1月5日)にも再登場。スズ子は戦時中の公演で訪れた富山の地で、戦争で夫を亡くした旅館の従業員・静枝、幸母娘の前でこの歌を歌った。
▷笠置シヅ子が戦時中に戦地で亡くなった弟・亀井八郎を思って歌った「大空の歌」。作詞作曲は服部良一。幻の楽曲だったが、近年に楽譜が発見され、笠置シヅ子を主人公にした舞台「SIZUKO ! QUEEN OF BOOGIE ~ハイヒールとつけまつげ~」で主演した演歌歌手・神野美伽の歌により現代に蘇っている。
アイレ可愛や(笠置シヅ子)
第50回(12月8日放送)で初登場。戦時の締付けが厳しくなり東京を離れて地方巡業に出ることになったスズ子。羽鳥善一は餞別として「アイレ可愛や」という新曲の楽譜を渡してくれる。「アイレ可愛や」は、当局に目をつけられないように南洋の村娘を主人公にした歌。「福来くん、歌い続けるんだ」という善一のメッセージが込められている。
故郷(愛唱歌)
第52回(12月12日放送)で登場。巡業先の愛知から神戸に向かう汽車の中で、同乗した少女・チセのリクエストでスズ子が歌った愛唱歌「故郷(ふるさと)」。
夜来香(イエライシャン)
第65回(1月4日放送)で登場。
戦況が悪化する中、上海で軍の全面的な支援を受けた音楽会を開催する羽鳥善一。そこで善一は敵国・アメリカのブギのリズムを取り入れて編曲した「夜来香(イエライシャン)ラプソディ」を演奏することに。中国で人気の日本人歌手・李香蘭が歌った「夜来香」は大好評となる。
▷この善一のエピソードは、モデル人物・服部良一が第二次世界大戦末期の魔都・上海で開催したコンサートがモチーフになっている。その様子は俳優・松下洸平が主演として服部良一を演じた音楽劇「夜来香(イエライシャン)ラプソディ」として現代に蘇っている。
コペカチータ
第76回(1月19日放送)で登場。喜劇王・タナケンの舞台「舞台よ!踊れ!」で喜劇役者としてデビューしたスズ子。劇中では舞台の音楽監督を務めている羽鳥善一が作曲した「コペカチータ」を見事に歌いきり、タナケンとの名コンビが誕生している。
ハバネラ/恋は野の鳥(アリア)
第82回(1月29日放送)で登場。オペラ「カルメン」の劇中で歌われることで知られるアリア(独唱曲)「ハバネラ(恋は野の鳥)。オペラを題材にしたスズ子主演の舞台「ジャズカルメン」の中で、「♪恋は野の鳥気ままに歌う鳥〜」の日本語訳歌詞によりスズ子が歌った。
ジャングル・ブギー(笠置シヅ子)
第96回(2月16日放送)で登場。「東京ブギウギ」を大ヒットさせ「ブギの女王」となったスズ子が、次の一手としてリリースした「ジャングル・ブギー」。とある映画監督から映画の挿入歌として作曲を依頼されていた羽鳥善一が、多忙の中で作曲。
▷「東京ブギウギ」の翌年の1943年(昭和23年)に発表した服部良一作曲、黒澤明作詞による名曲「ジャングル・ブギー」。この曲で「東京ブギウギ」以上に舞台上で暴れまわり、野生のような躍動感を見せた。映画「酔いどれ天使」(監督・黒澤明、主演・三船敏郎)の挿入歌としても使用され、シヅ子も「ブギを唄ふ女」として同作に出演している。
青い山脈(流行歌)
第97回(2月19日放送)で登場。羽鳥善一の作曲して大ヒットした「青い山脈」。この曲によりますます売れっ子作曲家となった羽鳥善一は、子供たちに「青い山脈」を繰り返し歌わせることで忙しい仕事から逃避している様子。
▷「青い山脈」は服部良一作曲、西條八十作詞により映画「青い山脈」の主題歌として1949年に発表された名曲。藤山一郎と奈良光枝が歌い、特に藤山一郎の代表曲として定着している。
買物ブギ(笠置シヅ子)
第22週で登場。茨田りつ子との喧嘩の後、まだまだブギは終わらないという思いを乗せて羽鳥善一が生み出した新曲。
▷「買物ブギ」は服部良一の作詞作曲のより1950年(昭和25年)にリリースされた笠置シヅ子のヒット曲。前年に行われた日劇ショーのために作曲されたもので、服部良一は落語の「無い物買い」に着想を得て曲を創り出している。難しい曲であるあまり笠置シヅ子がつぶやいた「ややこしややこし」の言葉を歌詞に採用するなど、遊び心に溢れた曲。
ヘイヘイブギー(笠置シヅ子)
第121回(3月22日)で登場。スズ子が大トリを務めた1956年(昭和31年)大晦日の「オールスター男女歌合戦」で歌った曲。スズ子はトリ前に新進歌手・水城アユミが歌った「ラッパと娘」に対抗し、「ヘイヘイブギー」を見事に歌い上げた。
▷観客を巻き込んで陽気に歌う踊る、笠置シヅ子の代表曲のひとつ「ヘイヘイブギー」。1956年(昭和31年)の第7回紅白歌合戦において笠置シヅ子は大トリで「ヘイヘイブギー」を歌うと、これを最後に歌手の廃業を宣言。翌年の紅白歌合戦は次世代歌手の美空ひばりが大トリを務めた。