「ちむどんどん」時代設定は?暢子の年齢、年表まとめ

NHK連続テレビ小説「ちむどんどん」の時代設定や、ヒロイン・暢子の年齢、年表をまとめます。

この記事は、ドラマの進行に合わせて随時追記していく予定です。

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目次

沖縄の本土復帰50周年を記念したドラマ

ちむどんどん」は沖縄の本土復帰50周年を記念したドラマです。

ドラマは1964年(昭和39年)から始まり、沖縄4兄妹の50年の歩みを見つめていく物語になるとのこと。平成後期、令和あたりまでが描かれる可能性があります。

少女時代=1964年、本土復帰前の沖縄(暢子10歳)

※ドラマがスタートする1964年当時の年齢は以下の通り。
比嘉賢秀14歳、比嘉良子13歳、比嘉暢子10歳、比嘉歌子8歳、青柳和彦14歳、砂川智14歳。

第1週は1964年(昭和39年)、まだアメリカの統治下にあった沖縄からスタートします。第2週にかけて、沖縄本島北部・やんばる地方で生まれ育ったヒロイン・比嘉暢子(子役:稲垣来泉)の小学5年生=10歳の少女時代が描かれていきます。

当時の沖縄といえば日本復帰前であり、通貨はアメリカドル、本土に行くにはパスポートが必要だった時代。

劇中ではやんばる地方の豊かな自然とともに、村の生活を支えた「共同売店」など当時の島の生活、風俗も再現されます。また、戦後20年弱の沖縄に色濃く残っていた、戦争での辛く悲しい体験の傷跡も暢子の両親らの姿を通して描かれていきます。

1972年(本土復帰の年)に高校卒業、上京(暢子18歳)

ヒロインの暢子を演じる黒島結菜が本格的に登場するのは、第3週からになりそうです。

沖縄の本土復帰を翌年に控えた1971年(昭和46年)、暢子は高校3年生の17歳になっています。

暢子はこの年に「西洋料理のシェフになりたい!」という夢を見つけると、紆余曲折の末に卒業直後の1972年(昭和47年)に18歳で上京することになりそうです。ちょうど今から50年前ですね。

1972年の5月15日には沖縄が本土に復帰(沖縄返還)。暢子はまさにこのタイミングで山原村を離れ、父が若い頃に暮らしたことがあるという横浜・鶴見で新しい人生を歩み始めるのです。

★主な出来事、世相
1971年…マクドナルド日本第一号店開店、NHK総合テレビの全番組カラー化、「仮面ライダー」の放映開始
1972年…沖縄返還、札幌冬季オリンピック開催、あさま山荘事件、上野動物園でパンダ公開

暢子は昭和28〜29年生まれか 令和4年現在68歳前後

※暢子は1972年(昭和47年)に高校を卒業するようなので、計算上は1953年(昭和28年)4月〜1954年(昭和29年)3月の生まれということになります。暢子は令和4年現在、68歳前後になっていますね。

1953年生まれの芸能人としては、竹下景子、松平健、関根勤らがいます。

暢子の年表、年齢まとめ

以下、暢子に関する年表、年齢をまとめていきます。年齢はその年の誕生日を迎えた後のものを表記しています。ドラマの進行にあわせて随時追記予定です。

1953年(昭和28年)?…暢子が生まれる

暢子が生まれる。

1964年(昭和39年)…暢子、小学5年生に。父が急死【暢子10歳】

第1〜2週で描かれる比嘉家4兄妹の幼少期。東京から来た転校生・青柳和彦と出会い、町のレストランで西洋料理を初体験。父・賢三が急死する。
※賢秀14歳、良子13歳、暢子10歳、歌子8歳。

1971年(昭和46年)…暢子、高校3年に【暢子17歳】

山原高校の料理部に助っ人として借り出される。料理の楽しさに目覚める。良子が短大を卒業し、地元の小学校の教師になる。
※賢秀21歳、良子20歳、暢子17歳、歌子15歳。

1972年(昭和47年)…暢子、上京【暢子18歳】

沖縄が本土に復帰した1972年5月15日、暢子は夢を叶えるために上京。縁あって横浜の沖縄タウン・鶴見で暮らし始める。
※賢秀22歳、良子21歳、暢子18歳、歌子16歳。

1973年(昭和48年)…暢子、レストランをクビに【暢子19歳】

上京から一年。暢子は突然房子から解雇宣告を受け、「東洋新聞社」でアルバイトをしてくるように命じられる。
※賢秀23歳、良子22歳、暢子19歳、歌子17歳。

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