NHK連続テレビ小説「らんまん」第20週より。
妻の聡子の励ましにより改めて植物学と向き合い始めた田邊教授は、「日本の植物学の始祖」としての責務を胸に「西洋の植物学者諸氏に告ぐ」と題した英語の文章を書き上げています。
この文章は実際に矢田部良吉博士が書き上げた英文「泰西植物家諸氏ニ告グ」がモデルになっていると考えられますので、文章が持つ意味などをまとめます。
妻・聡子に全肯定され 田邊が覚醒?
8月17日(木)放送の第99回では、誰よりも田邊(要潤)の努力を近くで見てきた妻の聡子(中田青渚)が、これまでの田邊の仕事ぶりを全肯定する場面が描かれています。
聡子は、田邊が愛するシダ植物の生態(=地上の植物たちの始祖にして永遠)に例えながら、田邊こそが日本の植物学の始祖であり、田邊が始めた学問に多くの若い人たちが続いていると力説。女学校廃止により時間が出来た今こそ、自分が本当にやりたかったことに打ち込めるはずだと夫の背中を押しています。
承認欲求モンスターと化し満たされない失意の中にいた田邊ですが、この聡子の言葉に涙を流すと、まるで憑き物が取れたかのように表情が変わっていきます。
田邊はホコリを被っていた胴乱(植物採集用のカバン)を持ち出すと、教室の学生たちの植物採集旅行(伊予・石鎚山)に同行。そこで黄色く美しい未知の花(キレンゲショウマ)を発見するなど、学者としての輝きを取り戻していきます。
大学では権力争いに明け暮れている美作が理科大学学長の座をほぼ手中に収めつつあるようですが、今の田邊にはどうでもいい事のようです。田邊は研究室でおもむろに筆を執ると、「西洋の植物学者諸氏に告ぐ」と題した英文を一気に書き上げることになります。
この「西洋の植物学者諸氏に告ぐ」は、今後は欧米の学者に頼らずとも日本人自らが学名を与えて発表するという、西洋の植物学者たちに対する宣言なのでした。
矢田部良吉「泰西植物家諸氏ニ告グ」が持つ意味 日本の植物学のターニングポイント
田邊による英文「西洋の植物学者諸氏に告ぐ」は、モデル人物である矢田部良吉博士が明治23年10月発行の「植物学雑誌」に発表した英文「泰西植物家諸氏ニ告グ」がモデルになっていると考えられます。
※泰西(たいせい=Far West)とは、ヨーロッパ(広い意味では西洋世界全体)を意味し、東アジアなどを指す「極東(Far East)」の対義語のように使われます。「泰西植物家諸氏ニ告グ」は「西洋の植物学者たちに告ぐ」といった意味ですね。
自身の私生活を揶揄する小説「濁世」が世間を賑わせ、校長を務めていた高等女学校が廃止されるなど、逆風の中にあった当時の矢田部良吉。
しかし植物学の第一人者としての矜持は強く持っており、その決意表明とも言える「泰西植物家諸氏ニ告グ」は日本の植物学を大きく変える宣言文になっています。
ドラマでも描かれている通り、これ以前の日本では植物の分類や検定などをするのに十分な標本や文献などが揃っておらず、植物の鑑定をする際には欧米の学者を頼るしかありませんでした。
しかし、矢田部良吉率いる東京大学(帝国大学理科大学)植物学教室の長年の努力もあり、大学の標本や文献はかなり整いつつありました。矢田部はこのタイミングで「泰西植物家諸氏ニ告グ」を発表したのです。
「泰西植物家諸氏ニ告グ」では、日本人の発見した新種の植物は日本人の手により分類して学名を付けるべきだと主張。今後は欧米の研究者に頼らずに、自分たちの手で植物の記載を始めることを宣言しています。
この宣言を裏付けるように、矢田部らはシチョウゲとシナザクラの2新種と、新属新種となるキレンゲショウマを独自に公表。東京大学(帝国大学理科大学)の研究水準がようやく「植物学」と呼べる域にまで達してきたことを証明をしています。